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ミリオンクエスト ~魔法使えないのに100万MP渡されて邪神倒してこいと言われました~  作者: 糠酵太
第三章 禄存星 ~茨姫と太陽の騎士~
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第63話 地雷と大砲


 【 ミリオン号 裕真の部屋 】


 くつろげるように整えられた船室には、かすかな機械音と、窓の外を流れる風切り音だけが満ちていた。

 裕真はベッドに仰向けになり、片手でスマホを掲げたまま、ぼんやりと画面を眺めている。

 映し出されているのは、枝豆の妖精がオススメの安宿を紹介する動画。

 相棒のドリル髪お嬢様とのゆるいやりとりに、思わず頬が緩む。


 一見すれば、ただの怠惰な休憩時間だ。

 だが実際には、裕真はきっちり仕事をしていた。

 右手には《マスターリング》。左手の指には、三つの《フォローリング》が嵌められている。

 裕真は意識を分散させ、自身のMPをフォローリングへと流し込んでいるのだった。


 トリスターにいた頃は、慣れない作業に悪戦苦闘して、一晩で数千MPしかチャージできなかった。

 それが今では、1時間に10万MPほどは安定してチャージできるようになっている。


 成長はしている。……しているのだが、裕真はまだ遅いと感じていた。


 リング一つにチャージできる最大MPは、100万。

 手元にあるフォローリングは三つ。

 単純計算で、フルチャージには30時間かかる。

 それに加え、裕真自身のMPを回復させる時間も必要なため、実際にはさらに時間がかかる。


 しかも、その間はリングに意識を集中させ続けなければならず、ほぼ身動きが取れない。

 できることといえば、こうして動画を見るくらいのものだ。

 大好きな◯ou◯ubeも、さすがに延々と見続けていれば飽きてくる。


 とはいえ、今は航行中で戦闘の予定もない。急ぐ理由もなく、そろそろ一度休憩しようかと考え始めた。


 そのタイミングで、船室の扉がノックされた。

 裕真が「はーい、どうぞ」と返事をすると、扉が開く。

 そこから、イリスが顔を覗かせた。


「そろそろお昼の時間よ」

「お。そうか。いいタイミングだ」


 裕真はベッドから起き上がり、イリスと共に食堂へ向かった。



 ◇ ◇ ◇



 ミリオン号の厨房は、『オーク族』のコックたちが務めていた。


 オーク族とは、豚のような頭部を持つ種族である。

 とはいえ、“豚”と聞いて連想するような不潔さや醜さは、この世界のオーク族には当てはまらない。

 むしろ丸みを帯びた輪郭に、短い毛で覆われた桃色の肌、柔らかそうな頬、黒豆のようなつぶらな瞳。

 少し上向きの鼻先に、常に緩んでいるように見える口元、と全体的に愛嬌があり、どこかゆるキャラめいた雰囲気を漂わせていた。


 さらに彼らは、他種族よりも優れた味覚と嗅覚を持ち、料理の才能に恵まれている。

 そのため、各地の酒場や宿屋、飛空船の厨房などで料理人として雇われることも多い。


 ふと裕真は、そんな彼らとほとんど交流していないことに気づいた。

 出港前に軽く挨拶を交わした程度で、それ以降、きちんと話した覚えがない。

 クランの代表として、船員たちとはもっと顔を合わせ、言葉を交わしておくべきだろう。

 そう思い、裕真はイリスに尋ねた。


「団長として皆さんと交流してみたいと思うけど、何か気を付けることはある?」

「特に無いわ。私達と同じように“普通”に接すればいいのよ」

 

 イリスは本当に何でもないことのように言った。

 その様子を見て、裕真の肩から少し力が抜ける。


「普通でいいのか? 分かった!」


 そう言って、裕真は厨房の扉を開けた。

 中から聞こえてくるのは、包丁がまな板を叩く小気味いい音と、鍋の中身が煮えるぐつぐつという音。

 香辛料の刺激的な香りが鼻をくすぐり、思わず空腹を意識させられる。


「やぁ皆さん! おはようございます!」


 裕真が元気よく声をかけると、コック服姿のオークたちが手を止め、ぺこりと頭を下げた。


「あ、団長、おはようございます。今日の昼食はカレーですよ」


 そう言って、シェフは鍋の蓋を持ち上げる。

 湯気とともに、濃厚な香りが一気に立ち上った。


「おお、カレーか! 大好物です♪」


 この世界のカレーは、日本のそれと同じく、とろみのあるルーをご飯にかけて食べるスタイルだ。

 米は日本米のような短粒種ではなく長粒種だが、むしろカレーにはそちらの方がよく合っている。


「皆さんの作るものはどれも美味しいし、楽しみです!!」


 それはお世辞ではなく、本心だった。

 オーク族のシェフたちは評判通り腕がよく、これまで外れだと思ったことがない。

 シェフはにこにこと目を細める。


「ありがとうございます。本日の昼食は、豚骨スープをベースにした旨味たっぷりのポークカレーです。どうぞ楽しみください」


 裕真は、ぴたりと動きを止めた。


「え? ポーク!? 豚肉食べるの!?」


 厨房にいたオークたちのつぶらな瞳が、一斉に裕真へ向けられる。

 場の空気が、目に見えて固まった。

 イリスは横で「あちゃー」という顔になる。


「……は? 我々はブタじゃないので普通にブタ肉を食べますが、何か?」


 シェフは眉間にしわを寄せ、低い声で言った。

 裕真は、自分が完全に地雷を踏み抜いたことを察し、背中に冷たい汗が流れるのを感じる。


「……あ、うん! そうだよね!! 変な意味は無いですよ! ほんと!!」




 【 船内食堂 】


 イリスのフォローもあり、どうにかその場は丸く収まった。

 裕真は昼食のため、彼女と共に席に着く。


「いや~、失敗したなぁ……」

「バカね〜。“私達と同じように”って言ったじゃない」


 イリスの言う“同じように”とは、頭部の形状がどうであれ、ニンゲンと同じ感覚で接するという意味だったのだろう。

 裕真は、その意図をろくに理解できていなかったことを、今さらながら痛感した。


 そんなことを考えながらカレーを口に入れると、裕真はふと気づく。


「あれ? このカレー、タマネギ入ってる」

「?? それがどうかしたの?」


 裕真は慌てて食堂を見回した。

 すると、同じく昼食をとっている『コボルト族』と『ケット族』の姿が目に入る。


 コボルト族とは、犬のような頭部と毛皮を持つ種族で、優れた嗅覚と脚力を誇る。

 ケット族とは、直立して歩く人間サイズの猫のような種族で、オーク族やコボルト族よりも、より獣の要素が強い外見をしている。


「このカレー、うまいな〜」

「何杯でもいけそう♪」


 二人は当たり前のように、タマネギ入りのカレーを口に運んでいる。

 それを見た裕真は、椅子から身を乗り出した。


「ちょっと待って! このカレー、タマネギ入ってるぞ!! 食べて大丈夫なの!?」


 そう、通常の犬や猫にとって、タマネギは毒である。

 体内の赤血球を破壊し、貧血、下痢、嘔吐を引き起こす。


 もっとも、それはあくまで“犬や猫”の話だ。


「……は?」「……は?」


 コボルトとケットは同時に手を止め、裕真を凝視した。

 その目つきは、先ほど厨房で見たオークたちのそれとよく似ている。


「我々はイヌじゃないので、タマネギ食べても平気ですが、何か?」

「我々はネコじゃないので(以下略)」


 食堂の空気が、ひどく気まずくなる。


「……あ はい! ごめんなさい!!」


 平謝りする裕真を見て、イリスはやれやれと肩をすくめた。


「も~。“普通”に接しろって言ったのに」


 ……普通って、難しい。


 種族の違いに踏み込む話題には、地雷が山ほど埋まっているのだと、裕真は身をもって学んだ。



 ◇ ◇ ◇



 【 飛空船の甲板 】


 食事を終えた裕真は、風に当たりたくて甲板に上がった。

 雲の上を滑るように進む飛空船の外は、地上とはまるで別世界だ。遠くには、夕焼けに染まりつつある雲海が広がり、空の色はゆっくりと藍へと変わり始めている。


 このミリオン号には軽い結界が張られており、激しい雨風や小型の魔物の侵入を防ぎつつ、肌に心地よい風だけが船内に流れ込むようになっている。

 そのぶん魔石の消費はかさむが、今の裕真にとっては気にもならない出費だった。


 甲板脇のベンチに腰を下ろし、ぼんやりと空を眺めていた裕真は、ふと視線を巡らせて気づく。

 甲板の縁に据え付けられた、重厚な鉄の塊――この船の武装、大砲の存在だ。

 船体の装甲と同じく、鈍く光る鋼鉄製の砲身が、空を向いて鎮座している。


 そこへ、一人の青年が通りかかった。

 二十代後半。すらりとした長身に、どこか上品な雰囲気をまとった男。かつてはトリスターの豪商として名を馳せたが、紆余曲折の末、今ではミリオンハンターズの金庫番を務めるアントニオ・ベルモントである。


 裕真は軽く手を上げ、アントニオを呼び止めた。


「ちょっといいか? あの大砲だけどさ」

「大砲がどうかしました?」

「この世界、『銃』は禁止されてるんじゃなかったのか?」


 かつて人類は竜王『テュポーン』との戦争に敗れ、その代償として『銃を使えなくなる呪い』を掛けられた。

 それは子々孫々まで続くほど強力なもので、数千年が経った今でも解ける気配はない。

 それに加え、人類自身が“『銃』は竜王を怒らせる禁断の武器”だとして、所持も製造も厳しく規制していた。


「大砲は『銃』じゃありませんが? まぁ、鉄の筒から弾を飛ばすという点は一緒かもしれませんが、それはパンとパスタを“小麦を使ってるから同じ食べ物だ”と言うようなものですよ」


 思わず裕真は「ふーむ」と唸った。

 なるほど、たしかに例えとしては的確だ。

 つまりこの世界では、人類も竜王も、大砲と銃を別物として認識している。

 だからこそ、規制の対象外になるわけだ。


「そういう認識なのか……。しかしそうなると、どこまでが『銃』と判定されるのか気になるな……」


 裕真は顎に手を当て、視線を宙に泳がせながら考え込む。


「直接手に持たなければ大丈夫なのか? 野戦砲とかガトリングとか戦車とか……。手で持てるサイズの大砲は『銃』に含まれるのか? 仮に、この大砲を担いで撃てたとしたら――」

「……あの、ユーマさん」


 思案に耽る裕真に、アントニオが頬を引きつった表情で声をかける。


「規制の限界を試すような行為は控えた方がよろしいかと……。見る人次第では“竜王を挑発している”と取られかねません」


 その言葉に、裕真は「あっ」と小さく声を漏らした。

 銃の呪いは、自然現象ではない。

 意思を持った存在――竜王が課した制約なのだ。

 下手に逆撫ですれば、最悪の場合、再び竜王との戦争になりかねない。


「私は竜王がそこまで気にするとは思っていませんが……他のクルーが怯えるので止めて下さい」

「そ、そう? 分かった、控える」


 そう口では言いながらも、裕真の胸の奥では、好奇心の火がくすぶり続けていた。

 いつか誰にも見られない場所で、じっくり検証してみたい――

 そんな危うい発想を心の隅に押し込めながら、裕真は再び雲海へと視線を戻した。



ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー



 【 おまけ 大砲の弾の種類 】


[普通の砲丸]

 魔法の力を用いない、ただの金属の塊。

 散弾や炸裂弾などの派生は存在するが、基本的にはコスト重視の安価な装備で、資金に余裕のない商船や護衛用の船が主に積む。


[魔法弾]

 魔法の力を宿す砲弾。

 やや裕福な商船隊や軍艦が使用する。

 着弾点を燃え上がらせる火属性と、弾速が速く命中率の高い雷属性が特に人気。


[ゴーレム弾]

 簡易的な意志を与えられた、自動追尾型の砲弾。

 製造・運用コストが魔法弾より高い。

 突撃して死ぬために生まれた儚い存在。


[精霊弾]

 精霊を宿した砲弾。

 敵を自動追尾するだけでなく、使用後も精霊が生き残れば再利用が可能。

 極めて強力だが、扱うには高度な精霊術の知識と精霊との契約が必要となる。


[魔物弾]

 魔物が封印された砲弾。

 命中すると同時に封印が解かれ、中の魔物が暴れ回る。

 大抵の場合、魔物は敵味方どころか非戦闘員も無差別に襲うため、国際条約で禁止されている。



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