第62話 神器の行方と新たな脅威
雲をかき分けながら、悠然と空を進む『ミリオン号』。
鋼の装甲板が、日の光を受けて鈍く輝く。
船体各所に刻まれた《浮遊》の魔法文字が淡く発光し、駆動するプロペラが巨大な船体を静かに前へと推し進めていた。
船室の窓から見下ろせば、雲海の切れ間に広がる大地が、まるで別世界のように遠く霞んで見える。
最新鋭の巡洋艦だったミリオン号は、普通の飛空船にはない設備が数多く備わっていた。
広々とした作戦会議室も、そのひとつである。
そこに『ミリオンハンターズ』の団長、星野裕真は、クランメンバーを招集した。
副団長を務めるイリス。
魔法使いのアマニタ・ムスカリア(アニー)。
トレジャーハンターのラナンキュラス(ラナン)。
錬金術師のニーア。
夢使いのモルフィナ・モルペウス(モモ)。
陰陽師の龍堂茜。
そしてオリオン王国の第一王女、ルーナ姫 (ルナ)。
以上である。
他にも会計などの雑務を務めるメンバーはいるが、今は初めて動かす飛空船の運用で手一杯だ。
そのため、とりあえず手が空いている者同士で話し合うことにした。
さっそく裕真は、神妙な顔で語り始める。
「えーと……何から話せばいいか……。そうそう、マリクのダンジョンに莫大な財宝があったよな。それ、どこから集めたと思う?」
皆が「あっ」と声を上げた。
邪神の命令で魂を集めていたマリクは、自分が作ったダンジョンに探索者を集めるため、とんでもない量の財宝を釣り餌として用意していた。
それは、後の騒動で被害を被った百万人の市民に補償金を渡してもなお余りあるほどの量で、そんな財宝をどこから集めたのか、皆が疑問に思っていたのだ。
「えーと……まず巨門星を使ったのよね?」
裕真の問いに、イリスが首を傾げながら答える。
ワインレッドの瞳に、ハニーブロンドのおさげ髪。
すらりとした長身を包むのは、いつもの革鎧ではなく、薄手のセーターに麻のズボンというリラックスした装いだ。
冒険時とは打って変わった柔らかな雰囲気が、とても新鮮に映る。
「それでダンジョンを造って魔石を集めたり、探索者から略奪した――だけでは全市民に行き渡るほど集まりませんね……どうしたんでしょ?」
アニーは顎に指を当て、考え込むように視線を彷徨わせる。
赤字に白の斑点模様のベニテングダケみたいな帽子と、白いマント。
イリスとは対照的に、冒険の最中と変わらない格好をしている。
青白い肌に、目の下の隈が目立つが、これもいつも通りだ。
「その財宝そのものを作ったんやないの? ミスリルゴーレムを作れるぐらいやもの。それぐらいいけるやろ」
そう答えたのは茜だ。
茶色の髪をツインテールにまとめ、上は陰陽師の狩衣、下はプリーツスカートにロングブーツという和洋折衷な装い。
これも普段通りの恰好だった。鎧を着ないマジックユーザー組は、船内でも特に衣装を変えないらしい。
「いえ、それは違うと思います。私も財宝の一部を鑑定してみましたが、あれは間違いなく古代エルフ王朝の美術品でした」
ニーアは静かに首を横に振る。
背中に流れるアメジスト色の長い髪が、照明を受けてゆるやかに輝いた。
落ち着いた物腰が、彼の知的な雰囲気をより際立たせている。
「あの人の能力なら、それくらい複製できそうですけど」
と答えたのはモモ。
ふわふわしたピンク色の髪に、山羊のように緩やかに巻いた角。
丈の短いビスチェと、太ももが露わなショートパンツという露出の多い装いだが、魔族にとってはごく普通の服装らしい。
無邪気な表情と扇情的な格好のちぐはぐさに、裕真は視線の置き場に少し困る。
「いや、私も試したけど、価値の高い財宝を作るには相当な魔力を使うよ。あいつがどれだけ溜め込んでたか知らないけど、流石にあの量は無理じゃないかなぁ」
切り揃えられた前髪を指でつまみながら、ルナがそう言った。
ダイヤモンドのように強く輝く瞳と、サファイアのように澄んだ長い髪。
鎧を脱いだ彼女は、白シャツに紺のロングスカートという質素な出で立ちだが、王女としての気品は隠しきれない。
その言葉に皆が「うーん」と唸る中、ドワーフの少女がシュバッと手を挙げた。
「分かった! あの能力を使って“他のダンジョン”から財宝を奪ったんだ!」
ラナンキュラス、通称ラナンが、手を挙げたまま言った。
ワイルドに乱れたショートカットの青髪に、袖をまくったジャケットと短パンという少年のような格好。
胸の膨らみは無く、ぱっと見は少年のように見えるが、腰や太ももの柔らかな丸みが少女であることを物語っていた。
「正解!」
裕真はまさにその通りと、勢いよくラナンを指さす。
「巨門星を使えば好きな場所に通路や階段作れるし、トラップやガーディアンで他の魔物を蹴散らしたりできる。どれだけ複雑な迷宮でも楽々攻略可能ってわけだ」
一同は思わず「はー」と声を漏らし、感心した。
「なるほど……そういう使い方もあるんだ」
イリスの瞳が、わずかに輝く。
これまで無理難題に思えていた『Sランクダンジョン』攻略が、現実味を帯びて感じられたからだ。
「設計者が知ったら泣くやろうなぁ」
その一言に、皆がハハハと笑った。
確かに自分がその立場なら、やりきれない話である。
「さて、ここからが本題なんだけど……マリクが財宝を奪ったダンジョンって、『世界七大遺産』のひとつ、『スリーピングキャッスル』なんだよな」
一同が一斉に息をのむ。
その名は、この世界の住人なら一度は耳にしたことのあるであろう、伝説のダンジョンだったからだ。
「スリーピングキャッスルを!? 嘘でしょ? 2,700年間、誰にも攻略できなかったダンジョンですよ!?」
「でもそれなら、あの量の財宝にも納得がいきます。なにしろ当時、全世界を支配していたエルフ女王のお城ですから」
ニーアの指摘に、アニーが「うーん……」と唸る。
周囲の面々も同じように頷いた。
マリクがトリスターで見せたダンジョン作成能力と魔物軍団。あれほどの戦力を揃えられるのなら、Sランクダンジョンの攻略も不可能ではないだろう。
だが、まだ拭いきれない違和感が残っていた。
「でもスリーピング・キャッスルにあるはずの『神器』は? 残された財宝の中には無かったよ?」
ルナの疑問に、場の空気が引き締まる。
そう、冥王から聞いた話では、あの城には二つの神器が眠っているはずだった。
ひとつは《天の叢雲》。
水を操り、嵐や洪水を引き起こす力を持つ魔剣。
もうひとつは、 《茨のティアラ》。
あらゆる物質から“時間”を吸収し、停止させる『眠りのイバラ』を操る髪飾り。
皆の視線を受けながら、裕真は懐から黒い本を取り出す。
それはマリクが残した記憶の結晶だった。
「うん、マリクが残したこの本にも『神器』の情報は無い。だから考えられる可能性は四つある」
裕真は背後の黒板に、四つの項目を書き出した。
まず「その一」と書かれた行を、チョークで示す。
「まず一つ。“マリクが勘違いしていた”。スリーピングキャッスルだと思い込んでただけで、実際は別のダンジョンだったってオチだ」
さらに裕真は、次の項目を指す。
「次に、“冥王様の情報が間違っていた”。最初から無いものは見つけようがない」
そんな馬鹿な――と皆は思いかけるが、脳裏に《どうぐぶくろ》から悪霊が飛び出した事件がよぎった。
あの時、冥王は「問題ない」と言っていたのに。
「第三に、“城にはまだ未探索の領域があり、そこに眠っている”。そして最後は、“マリクより先に誰かが侵入し、神器を持ち去った”。これは考えうる限りの最悪のパターンだ」
裕真は黒板から皆のほうへ向き直る。
真剣な表情だったが、一同はいまひとつ危機感を掴みきれていない様子だった。
そこで、イリスが手を挙げる。
「第四は無いんじゃない? 七大遺産の攻略なんて歴史に残る偉業よ? マリクみたいに後ろ暗い事情が無ければ公表してるはず――」
言いかけて、イリスの言葉が止まった。
同時に、皆も同じ“可能性”に思い当たる。
アニーが青ざめ、口を震わせながら言う。
「遺跡を攻略できる実力があって、なおかつ後ろ暗い事情を持つ人物――いますね! 同じ邪教徒の『最悪の七人』が!!」
裕真「そう! それだよ!! 俺はそれを心配してるんだ! 奴らの手に神器が二つも渡ったなんて!!」
裕真もまた、顔色を悪くしていた。
「でもそれなら仲間のマリクにも知らされているはず――いや、あの無関心ぶりでは聞いても忘れてますね」
モモが苦笑いを浮かべる。
マリクは邪神の目的や手段といった重大な話を聞いていたはずなのに、「興味ない」という理由で綺麗さっぱり忘れていたのだ。
「特に 《茨のティアラ》がヤバい……。冥王様の話だと、あれは使い方次第で世界を滅ぼせるらしい」
「そんなに危険なの!?」
イリスが目を見開き声を上げる。
「ああ。まず『眠りのイバラ』というのは、神器じゃなく異次元の植物なんだそうだ。そしてなんと“時間”を養分に成長するらしい!」
……時間を養分?
聞き慣れない概念に、皆が揃って首を傾げる。
「イバラに触れると、“時間”のエネルギーを吸われて停止してしまうんだ。そう、まるで眠っているように。しかも、その効果は生物だけじゃなく、火や水や空気、光や魔法にも効く! ありとあらゆるものから“時間”を吸って停止させてしまうんだ!」
「なんや……、けったいな植物やな」
茜の率直な一言が、その場の空気を言い表していた。
次にアニーが手を挙げて質問する。
「つまりそのイバラには、あらゆる攻撃が通用しない……無敵ってことですか?」
「そう、ほぼ無敵だ。スリーピングキャッスルはそのせいで2,700年間、誰にも攻略できなかった。そしてそれを自在に操れるのが 《茨のティアラ》ってわけ」
一同が重苦しく唸る中、モモが恐る恐る口を開く。
「なるほど、そんなのが邪教徒の手に渡ったら……」
「考えるのも恐ろしい。だから実際のところどうなってるのか、スリーピング・キャッスルに行って確認したいんだ」
その言葉に、イリスが戸惑いを浮かべる。
「だけど『七大遺産』は強力な魔物の巣窟よ? すぐにという訳には――」
『七大遺産』に生息する魔物は、桁外れに強い。
討伐レベルで言えば、少なくとも「50」以上。
これは、マイラの街で50万マナ(約5千万円)の賞金が懸けられていながら、百年以上討伐されなかった『トロル・キング』に匹敵する強さだ。
そんな怪物が、当たり前のように徘徊する地獄なのだ。
「もちろん分かっている。だから調査するのは、姫様たちから残り四つの《フォローリング》を借りてからだな」
《フォローリング》。オリオン王家に代々伝わる『神器』。
裕真が持つ《マスターリング》を通してMPを受け取ることができる指輪である。
つまり、リングを身につけた者は、裕真のチートMPを使って超人的な力を発揮できるのだ。
それを戦闘メンバー全員が装備できれば、七大遺跡攻略も夢じゃなくなる。
そしてその《フォローリング》は、現オリオン国王の七人の姫が一つずつ所持しており、そのうちの一人が、今『セレス』にいる。
セレスまで飛空船で一週間。
陸路で向かうより何倍も早い速度だったが、今の裕真にはそれが非常にもどかしく感じられた。
◇ ◇ ◇
カンヴァス三大陸の中心に位置する『始まりの海』。
そのさらに中心に、雲の上まで突き抜け、頂点が見えない巨大な塔が存在していた。
それは神々の遺産にして、この世界最大のダンジョン『至天の塔』である。
高さだけではなく幅も凄まじく、数個の街が連なるほどの広さを持つ。
あまりの巨大さに、見る者の距離感覚すら狂わせるその姿は、まさに神の御業としか言いようがない。
そしてその塔の根元にあたる小島に、一つの街が築かれていた。
その名は『冒険都市セレス』。塔の探索者たちによって発展した街である。
街は限られた土地面積を有効活用するため、少なくとも五階以上の高層建築が当たり前だった。
だが、郊外の海辺には、一軒家が立ち並ぶ地区が存在する。
そこは富裕層の住宅街だった。限られた土地に一軒家を持つこと自体が一種のステータスなのである。
その高級住宅街を、一人の少女が歩いていた。
小柄で、黒髪を膝まで伸ばし、少し吊り上がったアーモンド形の目が子猫のような印象を与える少女。
Sランクハンターの『レギン』である。
超有名人であるはずの彼女だが、今の姿では誰にも気づかれない。
世間に知られているのは、燃えるような赤髪とルビーのような瞳を持つ姿だからだ。
それは、契約している精霊『スルト』の力を引き出した際の姿であり、今の地味な外見はほとんど知られていない。
おかげで、彼女は気兼ねなく街を歩くことができた。
彼女はトリスターからの定期便で、つい先ほど帰り着いたばかりだった。
旅の疲れから若干だるそうに、簡素な平屋の家――レギンの自宅の扉を開く。
一見するとありふれた建物だが、土地が限られたセレスにおいては、十分すぎるほど贅沢な住居である。
「ただいま〜。フリスト〜、いる?」
自宅に戻った安堵から、自然と気の抜けた声になる。
『フリスト』とは、彼女の保護者であり、精霊術の師でもある女性の名だ。
「お腹空いた〜、なにか食べ――」
言葉の途中で、異変に気づいた。
家の中に、嗅ぎ慣れてはいるが、この場に相応しくない匂いが充満していたからだ。
それは、人の血の匂い。
レギンは腰のマジックポーチから、神器『レーヴァテイン』を引き抜く。
同時に髪色が燃えるような赤へと変わり、瞳も朱に染まる。
臨戦態勢に入ったのだ。
警戒しながらリビングへ足を踏み入れた瞬間、視界に入ったものに思考が止まる。
床に転がっていたのは、首のない女性の遺体だった。
その服装は見慣れたもの。いつもフリストが身につけている服だ。
「……フリスト!?」
頭の中が真っ白になる。
認めたくはない。だが、状況から判断して彼女は――
「やぁ、お帰りなさい」
背後から奇怪な声が響いた。
男とも女ともつかない、まるで機械人形が発するような無機質な声だ。
即座に振り向くと、そこには奇怪な人影が佇んでいた。
漆黒の甲冑で全身を包み、その上から同色のサーコートを羽織っている。
頭部は装飾のない楕円形のフルフェイスヘルム。
顔にあたる部位に十字型のスリットがあるが、その奥から表情は読み取れず、ただ闇が覗くだけだった。
「すみません、お宅を汚してしまって――」
話を最後まで聞かず、レギンは魔剣を振るった。
三日月形の炎の刃が、怪人へと放たれる。
だが、奇妙なことが起こった。
炎の刃が怪人の手前で“止まった”のだ。
消えたのでも弾かれたのでもない。三日月形を保ったまま、一枚絵のように静止している。
そう、それはまるで“時を止めた”かのようだった。
レギンの背筋に冷たいものが走る。
呼吸が浅くなり、無意識に一歩、距離を取っていた。
そんな彼女を落ち着かせるように、怪人は穏やかな口調で告げた。
「落ち着いて下さい。彼女は無事です。死んでいません」
そう言うと、怪人はうやうやしく一礼した。
「まず自己紹介を。私は『フェルダン』。貴方を邪神から“保護”しに来た者です」
「保護……ですって!?」
あまりに予想外の言葉に、レギンの思考が追いつかない。
敵意と混乱が入り混じり、剣を構えたまま硬直する。
「はい、貴方はマリクを倒し、魂の収集を妨害したでしょう? その件で邪神は大層お怒りでして、貴方を抹殺せよと命じたのです」
その言葉に、レギンはこいつが邪教徒だとはっきりと確信した。
再び剣を振ろうとするレギンに、フェルダンは片手を前に出して制する。
「ああ、お待ちください。私はそれに“反対”なのです。人の命は軽々しく奪うものではない。もっと“大切に”扱うべきだと考えています」
意味が分からない。
言葉だけを追えば、まるで善人のようだ。だが、その異様さからは、微塵も信用できる気配が感じられない。
「??? あなた……邪教徒じゃないの!?」
「私は邪神の力が目当てなだけ。はなから信仰などしていません。ですので、邪神の命令に従うフリをして、貴方と貴方の関係者を“保護”しに来た、という訳です」
聞いたことを後悔した。
あまりにも身勝手な理屈に、悪寒が走る。
「じゃあ結局、あの死体は何!? フリストはどこにいったの!?」
なおも警戒したまま、視線を逸らさずまくしたてる。
するとフェルダンは、懐から奇妙な物体を取り出した。
それは灰色の半透明な立方体で、その中には――
二十代半ばの銀髪の女性、『フリスト』の首が収められていた。
「彼女ならここに居ます。この容器は私が開発した『キューブ』というものでして、耐圧、耐熱、耐衝撃、魔法や呪詛も防ぐ完全防護ケース……いわば個人用のシェルターです」
言葉の意味が理解できず、レギンはただ立ち尽くす。
心臓が異様な速さで脈打つ。喉が引きつり、声を出そうとしても、うまく息が吸えなかった。
「この中に“保護”された人は、何千年でも何万年でも生き続けられるのです。どうです? 素晴らしい発明だと思いませんか?」
フェルダンはフリストのキューブを左手に持ち、右手にもう一つ、首が入っていない空のキューブを取り出した。
「レギンさん、もちろん貴方の分も用意してありますよ。大丈夫、手術は安全です。私は今まで90万人ほど“保護”してきましたから」
元巨門星のマリクは、禄存星のフェルダンをこう評した。
“自分を異常だと思っていない、最悪なタイプの異常者” だと。




