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第十八章 才谷太郎の道

 京の朝は、長崎の朝とは違っていた。

 長崎では、夜が明ける前から港に人が集まり、船乗りの声や荷車の軋む音が町を起こす。潮の匂いが風に混じり、まだ薄暗いうちから荷の行き先を確かめる者が走り回っていた。

 京には海がない。

 その代わり、町を行き交う荷車や馬の足音、店の戸を開ける音が、朝の訪れを知らせていた。

 才谷太郎は宿の一室で帳面を開き、昨日までに聞いた話を整理していた。

 大政奉還の知らせが広がってから、京の町には落ち着かない空気が続いている。

 将軍が政を返したという話に喜ぶ者もいれば、これから何が起きるのか分からず、不安を口にする者もいた。

 太郎が訪ね歩いた商人たちも同じだった。

 ある者は新しい時代に期待し、ある者は取引先が変わることを恐れていた。遠くの土地から荷を仕入れる商人ほど、先の見えない状況を気にしているようだった。

 太郎は帳面の一頁に、京の商人から聞いた言葉を書き留めていた。

 ――長崎から入る品は欲しい。けれど、誰に頼めば確かに届くのか分からない。

 別の頁には、長崎で聞いた話がある。

 ――品はある。だが、京で誰がどれほど欲しがっているのか分からない。

 太郎は二つの頁を見比べた。

 長崎では、船が運んでくる荷を見ていた。

 京では、その荷を待つ人々の声を聞いている。

 離れた土地で聞いた話が、帳面の上で少しずつつながり始めていた。

「……これなら、できるかもしれんのう」

 太郎は小さく呟いた。

 まだ店を持つつもりはなかった。

 船を買う金もない。

 大量の品を仕入れる元手もない。

 けれど、長崎で品を扱う者と、京でそれを必要とする者を結びつけることなら、自分にもできるかもしれない。

 太郎は帳面を閉じ、立ち上がった。

 今日は、京の商人ともう一度話をする約束があった。

     *

 訪ねたのは、紙や薬種を扱う商家だった。

 主人は四十を過ぎた頃の男で、太郎が初めて店を訪れた時には、あまり相手にしてくれなかった。

 長崎との取引を手伝えると言っても、太郎には店もなければ、まとまった資金もない。

 そのうえ、京ではほとんど名の知られていない男だった。

 信用しろという方が難しい。

 太郎も、そのことは分かっていた。

 だから最初から大きな話はしなかった。

 長崎で扱われている品の種類を伝え、輸送にかかる日数や費用を確かめ、商人が何を必要としているのかを聞いた。

 そして、何度か足を運ぶうちに、ようやく主人が具体的な相談をするようになったのである。

「才谷さん。先日話した薬種の件ですがな」

 主人は太郎を奥の座敷へ通すと、帳面を広げた。

「京ではこのところ仕入れが不安定でして、必要な時に必要な量が揃わんことがあるんです。長崎なら手に入るという話は聞いておりますが、こちらには確かな伝手がない」

 太郎は頷いた。

「長崎にも扱う商人はおります。ただ、品によっては入荷の時期が変わりますき、必ずあるとは言い切れません。まず必要な種類と量を確かめて、それから向こうへ問い合わせる方がええと思います」

 主人は少し意外そうな顔をした。

「すぐに用意できるとは言わんのですな」

「言うても、用意できんかったら困るのはそちらじゃろ。わしも信用をなくします。できるかどうか、先に確かめたいがです」

 太郎がそう答えると、主人はしばらく黙っていた。

 やがて小さく笑った。

「なるほど。坂本さんに似ていると聞いておりましたが、話し方はずいぶん違うようですな」

 太郎は少し苦笑した。

「よう言われます。けんど、商いの話は才谷太郎にしてもらいたいがです」

 主人は頷いた。

「分かりました。では、才谷さんにお願いしましょう」

 太郎は顔を上げた。

「まずは少量で結構です。長崎の商人と話をつけ、品と費用の見込みを知らせていただきたい。条件が合えば、その後の手配も頼みたいと思います」

 太郎はゆっくり頭を下げた。

「ありがとうございます。確かめたことは、きちんと書付にしてお持ちします」

 主人は帳面を閉じた。

「頼みますよ、才谷さん」

 その言葉を聞いた時、太郎は胸の奥が少し熱くなるのを感じた。

 坂本龍馬の代わりではない。

 海援隊の者としてでもない。

 才谷太郎という名前で、仕事を任された。

 店を出てからも、主人の言葉が耳に残っていた。

 ――頼みますよ、才谷さん。

 太郎は歩きながら、思わず笑った。

 まだ何も成し遂げたわけではない。

 むしろ、ここからが大変なのだ。

 けれど、ようやく自分の足で一歩踏み出したような気がしていた。

     *

 それから数日、太郎は忙しく動いた。

 長崎の商人へ手紙を書き、必要な品の種類と量を伝えた。以前から付き合いのある松吉にも相談し、相場や仕入れ先について意見を求めた。

 京では商家の主人を何度か訪ね、支払いの条件や荷が届くまでの日数を確かめた。

 太郎が特に気にしたのは、品が届かなかった時のことだった。

 船が遅れることもある。

 途中で荷が傷むこともある。

 思っていた品が揃わないこともある。

 長崎で海援隊の仕事をしていた頃、そういうことを何度も見てきた。

 いろは丸が沈んだ時には、船や積荷を失うことが、どれほど多くの人々に影響するのかも知った。

 だからこそ、都合のよい話だけを並べる気にはなれなかった。

 ある日、商家の主人が尋ねた。

「才谷さん。もし船が遅れたら、どうするおつもりですか」

 太郎は少し考えてから答えた。

「遅れると分かった時点で、すぐ知らせます。そのうえで、別の船や仕入れ先を探せるか確かめます。ただ、必ず間に合わせるとは約束できません」

 主人は眉を寄せた。

「商いでは、間に合わせると言い切る者もおりますがな」

「そう言うた方が仕事をもらえることもあるでしょう。けんど、守れん約束をして困るのは、品を待っちゅう人らじゃき」

 太郎はそこで、少し笑った。

「わしは、まだ商売人としては駆け出しです。じゃからこそ、できることとできんことは、はっきりさせておきたいがです」

 主人は太郎をじっと見ていた。

 そして、静かに頷いた。

「それなら、こちらも安心して相談できますな」

 太郎はその言葉に、少しだけ肩の力が抜けた。

 仕事を任されるということは、何でも引き受けることではない。

 相手が何を必要としているのかを知り、自分にできることを確かめ、その約束を守ることなのだ。

 太郎は、そう考えるようになっていた。

     *

 夕方、太郎は宿へ戻る途中で龍馬と出会った。

 龍馬は何人かの男と話をしていたが、太郎に気づくと手を上げた。

「太郎。ちょうどええところへ来たのう」

 男たちと別れた龍馬は、太郎の隣へ並んだ。

「どこへ行っちょったがじゃ」

「商人のところじゃ。長崎との取引について話をしてきた」

「ほう。どうじゃった」

 太郎は少し得意そうに笑った。

「仕事を頼まれた」

 龍馬は足を止めた。

「ほんまか」

「ああ。まだ品の手配ができたわけではないけんど、長崎の商人との間に入って話をまとめることになった」

 龍馬は嬉しそうに笑った。

「やったのう、太郎。おまん、とうとう自分の商いを始めたがじゃな」

「まだ始めたばかりじゃ。うまくいくかどうかも分からん」

「それでも、誰かがおまんを頼ったんじゃろ」

 太郎は頷いた。

「才谷太郎に頼みたいと言うてもろうた」

 龍馬はその言葉を聞いて、しばらく太郎を見ていた。

 そして、笑った。

「それは、ええことじゃ」

 太郎は少し照れくさくなった。

「おまんにそう言われると、妙な気分じゃのう」

「何でじゃ」

「昔は、おまんの代わりに人と会うことばかり考えちょったき。今度は、自分の名前で人に会うことになった」

 龍馬は静かに頷いた。

「おまんがそうしたいと思うたなら、それでええ」

 二人は再び歩き始めた。

 夕暮れの京の町を、荷車が通り過ぎていく。

 龍馬はその荷車を見送りながら言った。

「わしは船を見たら、どこへ行けるかを考えてしまう。おまんは、その船に何を積むかを考えるがじゃろ」

 太郎は笑った。

「そうかもしれん。船がどこへ行くかも大事じゃけんど、その先で誰が荷を待っちゅうかが気になる」

「それなら、わしらが一緒に商いをしたら、案外うまくいくかもしれんのう」

「おまんが勝手に遠くへ行って、わしが後始末をすることになりそうじゃ」

 龍馬は声を上げて笑った。

「そんなことはないぞ」

「いろは丸の時を思い出してみい。船が一つなくなるだけで、どれだけ大変じゃったか」

「それを言われると弱いのう」

 二人は笑った。

 けれど、太郎はその時、少し真面目な顔になった。

「龍馬。わしな、これからは商いの仕事を中心にしていこうと思う」

 龍馬は太郎を見た。

「そうか」

「海援隊の手伝いをせんというわけではない。けんど、いつまでもおまんの代わりをしているわけにはいかん。自分の仕事を持ちたいがじゃ」

 龍馬はすぐには答えなかった。

 太郎は少し不安になった。

 これまで、龍馬の代役を引き受けてきた。

 そのおかげで助かったこともあれば、危ない目に遭ったこともある。

 龍馬にとって、自分が必要な存在であることは分かっていた。

 それでも、いつまでも同じことを続けるつもりはなかった。

 やがて龍馬が口を開いた。

「太郎。わしは、おまんがそう決めたなら、それでええと思う」

 太郎は顔を上げた。

「ほんまか」

「ああ。最初に代役を頼んだのはわしじゃ。おまんが引き受けてくれたことには、今でも感謝しちゅう。けんど、それはおまんが一生続けんといかんことではない」

 龍馬は少し笑った。

「最初から、おまんの人生じゃきのう」

 太郎は黙った。

 龍馬は続けた。

「才谷梅太郎いう名も、わしらが事情を隠すために使い始めた名じゃった。けんど、今ではその名でおまんを知っちゅう者もおる。名前そのものが悪いわけではない。ただ、おまんが自分の仕事をする時には、自分の名を名乗ればええ」

 太郎は頷いた。

「そうじゃな。梅太郎と呼んでくれる者もおるし、その名まで嫌いになったわけではない。けんど、これからは才谷太郎として歩いてみたい」

 龍馬は笑った。

「ええじゃないか。わしも、いつかおまんに商いの相談をするかもしれん」

「その時は、きちんと金をもらうぞ」

「友達からも取るがか」

「当たり前じゃ。おまんには、少し高うしてもええ」

 龍馬は大げさに肩を落とした。

「ひどい商売人じゃのう」

 太郎は笑った。

「まだ駆け出しじゃき、勘弁してくれ」

 二人は笑いながら、宿へ向かって歩いた。

     *

 その夜、太郎は中岡慎太郎へ手紙を書いた。

 長崎で話した商いのことを、ようやく始められそうだと伝えたかったのである。

 筆を持ち、少し考えてから書き始めた。

 慎太郎へ。

 前に長崎で話した商いのことじゃが、ようやく最初の仕事を頼まれた。

 京の商人と長崎の商人をつなぐ仕事じゃ。まだ品が届いたわけではないし、うまくいくかどうかも分からん。

 けんど、才谷太郎として頼まれたことが、思うた以上に嬉しかった。

 龍馬にも話した。あいつは自分のことのように喜んじょった。

 商いがうまくいったら、今度こそ酒を奢ってもらうつもりじゃ。

 太郎。

 書き終えた太郎は、少し笑った。

 以前なら、こんな手紙を書くとは思わなかった。

 龍馬の動きを知らせたり、誰かの代役をしたことを伝えたりするのではない。

 自分の仕事について、友人に報告している。

 太郎は手紙を丁寧に畳んだ。

 その隣には、新しく用意した小さな帳面が置いてあった。

 海援隊の帳面ではない。

 自分の仕事のための帳面だった。

 最初の頁には、こう書いてある。

 ――才谷太郎。

 その下には、京と長崎を結ぶ商いについて、いくつかの覚書が並んでいた。

 太郎は帳面を閉じた。

 明日も、やることがある。

 それが嬉しかった。

     *

 数日後、太郎は京の商家を訪ねていた。

 長崎から返事が届き、品の種類と費用について、ある程度の見通しが立ったのである。

 主人は太郎の書付を読み、何度か質問をした。

 太郎は一つずつ答えた。

 輸送にかかる日数。

 支払いの条件。

 荷が遅れた場合の連絡方法。

 どれも、太郎が長崎で学んできたことだった。

 話し合いが終わる頃、主人は書付を畳み、満足そうに頷いた。

「これなら、お願いできそうですな。まずはこの条件で進めてみましょう」

 太郎は頭を下げた。

「ありがとうございます。向こうにも、きちんと伝えます」

 主人は笑った。

「才谷さん。今回がうまくいけば、次も頼みますよ」

 太郎は顔を上げた。

「はい。ぜひお願いします」

 店を出た太郎は、しばらく通りに立っていた。

 人々が行き交い、荷車が通り過ぎていく。

 いつもと変わらない京の町だった。

 けれど、太郎には少し違って見えた。

 これまで、自分は龍馬の隣を歩いてきた。

 時には龍馬の代わりとなり、龍馬の名で人と会った。

 その中で、多くのことを知った。

 けれど、今は違う。

 自分の名前で人と会い、自分の考えで仕事を引き受けた。

 まだ小さな仕事だった。

 それでも、確かな一歩だった。

 太郎は胸の内で、もう一度自分の名を呼んだ。

 才谷太郎。

 その名前が、以前より少しだけ頼もしく感じられた。

     *

 同じ頃、京では今井信郎が佐々木只三郎へ報告をしていた。

 坂本龍馬の動きについては、引き続き調べが進められていた。

 大政奉還が実現したことで、京の情勢はさらに複雑になっている。

 将軍が政を返したとはいえ、幕府の役目がすぐになくなったわけではない。

 見廻組の者たちは、京の治安を守るため、各所の動きに注意を払っていた。

 今井は書付を開いた。

「坂本と才谷梅太郎について、新しい話が入っています」

 佐々木は顔を上げた。

「何だ」

「才谷は、このところ商人のもとへ頻繁に出入りしているようです。長崎との取引について話をしているとのことです」

 佐々木は少し考えた。

「海援隊の仕事ではないのか」

「今のところ、個人として動いているようです。商人たちには、才谷太郎と名乗っています」

 佐々木は眉を寄せた。

「梅太郎ではなく、太郎か」

「はい。本人は、そう名乗っているようです」

 佐々木は書付を受け取り、目を通した。

「坂本とは別に動き始めたということか」

「そのようにも見えます。ただ、坂本との関係が切れたわけではありません。二人が会っている姿も確認されています」

 佐々木はしばらく黙っていた。

「妙だな」

 今井は顔を上げた。

「何がでしょう」

「これまで坂本の名を使っていた男が、今になって自分の名で動き始めた。理由があるはずだ」

「我々の調べに気づいた可能性もあります」

 佐々木は頷いた。

「それも考えられる。だが、単に商いを始めただけかもしれん。今のところ、どちらとも言えん」

 今井は頷いた。

 佐々木は書付を閉じた。

「引き続き二人の動きを確かめろ。ただし、余計な憶測で動くな。今は京の情勢そのものが不安定だ」

「承知しました」

 今井は頭を下げた。

 部屋を出る前に、机の上の書付へ目を向けた。

 坂本龍馬。

 才谷梅太郎。

 そして、新しく記された名。

 才谷太郎。

 同じ男を指す二つの名が、坂本龍馬の名と並んでいた。

     *

 その日の夕方、太郎は宿で帳面を整理していた。

 長崎へ送る書付を確かめ、商家の主人と交わした約束をもう一度読み返していた。

 戸を叩く音がした。

「はい」

 返事をすると、外から聞き慣れた声がした。

「太郎。おるか」

 龍馬だった。

「おるぞ。入れ」

 戸が開き、龍馬が顔を出した。

 太郎はその表情を見て、少し眉を寄せた。

 いつものように笑ってはいる。

 けれど、何かを考えている時の顔だった。

「どうしたがじゃ。何かあったか」

 龍馬は部屋へ入り、太郎の向かいに座った。

「商いの方はどうじゃ」

「今日、ようやく話がまとまった。あとは長崎へ手配を頼むだけじゃ」

 龍馬は頷いた。

「そうか。それはよかった」

 太郎は龍馬を見た。

「龍馬。おまん、何か話があって来たがじゃろ」

 龍馬は少し笑った。

「分かるか」

「長い付き合いじゃきのう。おまんが何か頼み事をする時の顔くらい、分かる」

 龍馬は笑みを収めた。

 しばらく、二人の間に沈黙があった。

 外からは、通りを行く人の声が聞こえてくる。

 太郎は急かさず、龍馬が話し始めるのを待った。

 やがて龍馬が口を開いた。

「太郎。おまんが、もう代役はせんと決めたことは分かっちゅう」

 太郎は頷いた。

「そうじゃ。これからは、自分の仕事を中心にしていくつもりじゃ」

「分かっちゅう。じゃから、こんな話をするのは間違うちゅうかもしれん」

 龍馬はそこで言葉を止めた。

 太郎は黙って見ていた。

「けんど、どうしても人手が足りんことがある。わしが一つの場所で話をしゆう間に、別の場所でも人と会わんといかんことがある」

 太郎は静かに頷いた。

 以前なら、それだけで龍馬が何を言いたいのか分かっただろう。

 今も分かる。

 だが、太郎は何も言わなかった。

 龍馬は続けた。

「今度も、そういう話じゃ。京で人と会わんといかん。けんど、わし自身が別の用事で動けんかもしれん」

 太郎は少し考えた。

「それなら、わしが才谷太郎として会うては駄目ながか」

 龍馬は顔を上げた。

「それでは話が進まん相手もおる。坂本龍馬本人に会うことを望んじゅう者がおるき」

 太郎は黙った。

 龍馬はその表情を見て、静かに言った。

「無理なら断ってくれてええ。おまんの商いを邪魔するつもりはない。ほかの方法を考える」

 太郎は机の上の帳面へ目を向けた。

 そこには、ようやく始まった自分の仕事のことが書かれている。

 才谷太郎。

 その名で引き受けた仕事。

 これから先、何をするかはまだ分からない。

 けれど、自分の道を歩き始めたことだけは確かだった。

 太郎は帳面を閉じた。

「龍馬。わしは、おまんの代わりをするために京へ来たわけではない」

 龍馬は頷いた。

「分かっちゅう」

「商いの仕事もある。今度の約束を破るわけにはいかん」

「そうじゃな」

 太郎は龍馬を見た。

「けんど、話を聞かんうちに断るつもりもない。何を頼みたいのか、きちんと話してくれ」

 龍馬はしばらく太郎を見ていた。

 そして、ゆっくり頷いた。

「分かった」

 龍馬は少し姿勢を正した。

「太郎。今度は、危険かもしれん」

 太郎は何も言わなかった。

 龍馬も続けなかった。

 窓の外では、夕暮れの光が少しずつ薄れていた。

 太郎は机の上に置かれた帳面へ、もう一度目を向けた。

 自分の名前で始めたばかりの仕事。

 その頁には、まだ書き込む余白がたくさん残っていた。

 太郎は静かに顔を上げた。

「……それで、何をしてほしいがじゃ」

 龍馬は太郎を見つめた。

 その問いに、すぐには答えなかった。

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