表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神様失格 ~宵蛍~  作者: 凪波はるか
マグカップ分の譲歩
PR
19/45

マグカップ分の譲歩 4

 どれくらい眠っていたのか分からない。


 目を開けると、西向きの窓から薄い陽が差し込んでいた。雨はまだ降っているらしく、窓の外の景色は白く滲んでいる。

 意識は少しずつ身体に戻ってきた。さっきまでの抗いがたい眠気は、いくらか薄れている。


 しかし、体調とは裏腹に、何かがおかしい。

 薄く開いた視界から入る天井がゆっくりと揺れている。

 右へ、左へ――。視界の端がゆっくり波打つ。


 めまいかと思ったが、違う。俺の頭が揺れているのではなく、部屋そのものが水の中に沈んでいるみたいに見えた。

 窓から差し込む光もまっすぐではなく、夏のプールの底から空を見上げたときのように、薄く折れ曲がっている。


 水の中にいるのか。


 そう思ったが、肌は濡れていない。息もできる。シーツも服も、乾いたままだ。


 身体を起こそうとして、足をベッドの外へ下ろした。


 そしてその足が床に触れることはなかった。


「……は?」


 寝ぼけた頭が、そこでようやく追いつき始める。


 足先は何も踏まないまま、ゆっくり下へ沈んでいく。いや、沈んでいるというより、宙に投げ出されている。慌てて上体を起こすと、今度は額が天井にぶつかりそうになった。


 ――天井? いや、おかしい。俺の部屋の天井がそんなに低いはずはない。


 しかし、目の前に映る白い板張りは、どう見ても自分の部屋の天井だった。


 俺はようやく、自分がベッドごと浮いていることに気づいた。


 理解した瞬間、身体が余計な力を入れた。浮いていたベッドが、ゆっくりと傾く。水面に浮かぶ板切れみたいに、頼りなく角度を変える。


「ちょ、待っ――」


 掴む場所を探したが、遅かった。


 身体がベッドから離れる。


 落ちる!


 反射的に身構えたが、床に叩きつけられる衝撃は来ない。

 代わりに、身体はゆっくりと回転しながら空中に漂っていた。

 眼下に映る床は、普段見ているものよりずっと遠い。


 俺は、部屋の中ほどに浮いていた。


 息を呑んで周囲を見回す。丸テーブルも、椅子も、隅に置いたままだった段ボール二箱も、全部が水の中の漂流物みたいにゆっくり揺れている。

 段ボールは口を閉じたまま、角をこちらに向けたり、背を向けたりしながら回っていた。

 

 実際に水があるわけではない。

 それでも水めいた何かに、部屋は満たされていた。

 窓の硝子が反射し映し出す景色に、俺はあるものを連想した。


 ――水槽。


 俺の部屋は、水槽になっていた。


 そして、丸テーブルの上あたりに、ひとつだけ見覚えのないものが浮いていた。


 白いマグカップ。


 さっき眠る前には、あのテーブルの上には何もなかった。

 少なくとも、俺の部屋にあんなマグはない。


 なのにそれは、そこに置かれているというより、そこにたどり着く途中で止まったみたいに、ゆっくりと揺れていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ