表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神様失格 ~宵蛍~  作者: 凪波はるか
マグカップ分の譲歩
PR
17/45

マグカップ分の譲歩 2

 俺にマグを渡すなり早々にダイニングテーブルへ戻った雫を横目に、コーヒーに口をつける。苦みの深さが直接脳に届き、世界が一段明瞭になったように感じる。こんなに美味しいのに、と思いながら、残った分を飲み終えた。


 流しで飲み終わったカップを水洗いしていると、台所の奥から真弓さんが顔を出した。


「湊くん、おはよう。よく眠れた?」


 その朗らかな笑みを見て、朝食の時間に遅れてしまったことが頭をよぎった。


「おはようございます。その、すみません、こんなに寝過ごしてしまって」


 真弓さんは少しだけ目を丸くしたが、すぐに何でもないことのように微笑んだ。


「いいのよ。土曜日なんだから。お腹空いたでしょう、朝ごはん食べる?」


 俺が返事に迷っていると、ダイニングテーブルに突っ伏していた雫が片手を上げた。


「はーい、私お腹減った!」


 真弓さんと目が合う。どちらからともなく、少し笑ってしまった。


「ほら、じゃあ湊くんも。テーブルに座ってて」


「ありがとうございます。お言葉に甘えます」


 そう言って、洗い終えた共用マグを水切りラックに置く。


 その手元を見ていた真弓さんの声が、ほんの少しだけ柔らかく沈んだ。


「湊くん、まだ共用の使ってるの?」


 責めるような言い方ではなかった。

 それでも、ただの世間話でもないことは分かった。


「まあ、これで足りますし」


 そう答えると、真弓さんは少しだけ困ったように笑った。

 何か言いかけて、結局飲み込む。


「……そう」


 それ以上は追及してこなかった。


             ―◆―◇―◆―◇―◆―


 真弓さんは二人分の朝食を手早く準備すると、洗い物だけお願いね、と言って外行きの上着を羽織った。買い出しへ向かうのだろう。しばらくして玄関の扉が開閉する音がして、ダイニングはまた静かになった。


 他愛のない会話をしながら雫と朝食を終えたところで、雫が思いついたように顔を上げた。


「ねえねえ、暇ならどこか遊びに行こうよ」


 ずっと寮に閉じこもっているのは、確かに退屈だ。雫は休日になると、よく外へ出たがる。俺も特に用事がなければ付き合うことが多かった。


 しかし、と俺は窓の外に目を向ける。灰色の空から落ちる雨は、一向に止む気配がない。むしろ時間が経つにつれて、庇を叩く音がはっきりしてきている。


「うーん、でも今日は多分一日こんな感じだぞ」


 遠回しに断ったつもりだったが、雫は納得していない顔でこちらを見る。

 

「そんな顔で見られてもな……」


 そんなやり取りをしていると、共用スペースの入口から新しい声が飛んできた。


「話は聞かせてもらいましたよ、雫ちゃん!」


 希だった。なぜか入口の木枠にもたれかかり、片手を胸に当てて決め顔をしている。


「あ、湊さんもどうも」


 元気な声をダイニングに響かせると、ずかずかとダイニングへ入ってきた。相変わらず賑やかなやつだ。雨の日の沈んだ空気を、瞬く間に押し返してしまった。


「おはよ。雫が外に行きたいんだとよ」


 希は得意げに頷いて胸を張った。

 

「うんうん、そうでしょうとも。でしたら雫ちゃん、私と一緒にグランパレットへ行きましょうか! 放送部のネタにもなりますし、中なら雨にも濡れませんよ」


 その提案に、雫はおお、と分かりやすく目を輝かせた。


 グランパレットは今年になって完成した駅前の大型複合モールだ。『様々な色が交わる場所』をテーマに、ファッションや雑貨・食料品に至るまで多様なテナントが集まっているらしく、クラスでも何度か名前を聞いた。

 雨の日に時間を潰すには、確かにちょうどいい場所ではある。


「駅前まで行って、体調は平気なのか」


 俺が少しだけ声を落として聞くと、雫は少しだけ考え込む。


「うーん、分かんない。けどまあ、ものは試しよ」


 能天気にそんなことを言うと、もう頭の中は外出の一色に染まっているらしく、さっきまでの眠たげな様子とは打って変わって、足取りまで軽くなっていた。


 それから二人は、あっという間に支度を済ませた。雫は玄関で靴を履きながら、まだ椅子に座ったままの俺を振り返る。


「へっ、後悔すんなよ!」


 そう捨て台詞を残し、雫は希と一緒に雨の中へ出ていった。


 玄関の扉が閉まる。

 ダイニングには、雨音と、使い終えた食器の匂いだけが残った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ