八分の七バースデーケーキ 14
多目的室を出て、教師に一通りの報告を済ませる間、新見と白岡はほとんど言葉を交わさなかった。
けれど、並んで立つ二人の距離は、最初よりほんの少しだけ近くなっていたように見えた。肩が触れるほどではない。仲直りと呼ぶには、まだ遠い。けれど、同じ方向を向いているだけでも、さっきまでとは違っていた。
きっと、二人の仲が全て元通りになったわけではない。彼女たちの間にあったものは、そんなに簡単なものではなかった。
だが少なくとも、渡されないまま宙に浮いていた想いは、確かに相手に渡ったのだ。
教師に促されて二人が先に帰っていく。俺と雫は少しだけ遅れて、人気の減った管理棟の廊下を歩いていた。
「さすがは湊。完璧な推理だったね」
隣で雫がおどけるように言った。
「絶対そう思ってないだろ。……これで、良かったのかな」
俺の中に、偽善、という単語が浮かんだ。幻域災害の解決という大義名分は立つが、その動機はもっと恣意的なもの――自分の感じた気持ち悪さに突き動かされただけだった。その末路として二人の人間の内に秘める感情を暴いてしまった。そのことが、澱のように重く感じられた。
雫はその気持ちを知ってか知らずか、こちらを見ずに言う。
「きっと次も、湊は同じことをするよ」
それ以上は言わなかった。人の心の機微が分からないなどと言っておきながら、雫は時々、俺の内面を見透かしたようなことを口にする。
「……本当にそうなりそうなのが嫌なんだよ」
俺たちは階段へ向かって歩く。管理棟の廊下には、もうさっきまでのざわめきはなかった。夕方の学校特有の、少し取り残されたような静けさだけがある。
ふと思い出したように、雫が言った。
「そういえば、ケーキを切ったのは新見さんじゃなかったんだよね」
「確か、水城がそんなことを言ってたな」
「どうして八等分に切ったんだろう。その人も白岡さんのことを待ってたのかな?」
「ああ、それは――」
まるで示し合わせたかのような八等分という数字。
不思議な巡り合わせのようにも感じるが、俺の思う回答はもっとシンプルだった。
「多分、七等分が面倒だったからだろ」
雫が瞬きをする。
「それだけ?」
「それだけ」
俺は階段の手すりに指を滑らせながら言った。
「ホールケーキなら、八等分する方がずっと楽だ。半分にして、さらに半分にして、もう1回半分。七人だからって律儀に七等分するやつはあまりいない」
「雑だね」
「でも、ありそうだろ?」
水城たちは誕生日会を、そこまで特別な事件として覚えていなかった。楽しかった。ケーキが大きかった。一切れ余った気がする。その程度だ。
普通なら、それで終わる。
「問題は、余った一切れを新見さんがどう見たかだ」
雫は黙って続きを待った。
「他のやつらにとっては、ただの食べ残しだった。じゃんけんで食べてもいいし、誰かが後でつまんでもいい。けど新見さんには、そう見えなかった。白岡さんの分だって思ってしまった」
多目的室で皿の上に戻った一切れを思い出す。
綺麗すぎる断面。汚れていないフォーク。輪の内側を向いた八脚の椅子。
「たぶん、それがこの白昼夢の核だった」
これは推測だが、密室だったことにも意味はあった。
あの多目的室は、鍵を借りなければ入れない場所だった。誰かに見られる予定のない、用が済めばまた閉じられる部屋。
新見さんが抱えていたものも、それに近かったのだと思う。
嫌だったこと。来てほしかったこと。渡せなかったもの。
どれも、誰にも見せずに抱え込むつもりだった。だからあの白昼夢は、鍵のかかった部屋に現れたのではないだろうか。
「……密室だったことにも意味はあったんだと思う」
俺がそう言うと、雫は少しだけ満足そうに笑った。
その横顔を見て、俺は少しだけ引っかかる。こいつは、最初からどこまで分かっていたのだろう。白昼夢の表情が見えると言った。核も分かると言った。けれど、最後の機微は俺にしか分からないとも言った。
それが本当なのか、俺を動かすための方便なのか、まだ判断はつかない。
「ところで」
雫の声が、さっきまでの余韻を打ち消すように明るく響いた。
「約束、覚えてる?」
「なんだよ」
「乙女を炎天下で連れ回してたでしょ」
朝、水城の支度が終わるのを待って、しばらく木陰で立ち尽くしていたときのことを思い出す。
「……アイスか」
「正解!」
雫は人差し指と親指で丸の形を作り、いたずらっぽい笑みを浮かべた。
すでに平常運転に戻ったらしいその様子に、俺はため息をついた。けれど、そのため息は朝のものより少し軽かった。
「分かったよ。コンビニのでいいのか?」
「うむ。許す」
雫はわざとらしく尊大に振る舞うと、本当に嬉しそうに笑った。
多目的室の甘い匂いはすでに消えていたが、今日はまだ甘いものからは逃げられそうになかった。




