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灰門第七共同住居棟 ― 境務ギルドは問題児を解決しない  作者: 秋月キアラ
灰門第七共同住居棟の暮らし(ショートショート)
9/11

ミラ、壁を壊す(壊していない)

 灰門第七共同住居棟の午後は、だいたい眠い。


 昼の任務がない日は、皆それぞれ勝手に休む。

 廊下は静かで、風が通る音だけが響いている。


 ガルドは書類に目を通していた。

 ギルド提出用の簡易報告。

 戦果、消耗、破損物――


 そのとき。


 ドン。


 鈍い音が、壁越しに伝わってきた。


 ガルドのペンが止まる。


「……今のは」


 次の瞬間。


 ゴン。


「……」


 そして、


 ドガン。


 ガルドは無言で立ち上がった。


 廊下に出ると、すでにベルクが出ている。


「なあガルド、今の聞いた?」


「ああ」


「壁、いったよな?」


「まだ確定じゃない」


 その先で、ミラの部屋の扉が半開きになっていた。


「……ミラ?」


 返事はない。


 ガルドは扉を押し開けた。


 中は――普通だった。


 ベッド、荷物、武器袋。

 壁にも、床にも、異常はない。


 ただ、ミラ本人が、壁の前で腕を組んでいる。


「……何してる」


「考えてる」


「何を」


「この壁、強いなって」


「理由を言え」


 ミラは振り向いた。


「さっき、ちょっと試した」


「何を」


「拳」


「何回」


「三回」


「だから音がしたのか」


「うん」


 ベルクが目を輝かせる。


「え、拳で? すげー!」


「褒めてない」


 そこへ、イオリも顔を出した。


「あの……外から見たら、壁が壊れた音でした」


「外基準で語るな」


 ガルドは壁に手を当てた。

 ひびなし。

 歪みなし。


「……壊れてない」


「壊れてないよ」


 ミラはあっさり言った。


「じゃあなんで殴った」


「気になったから」


「何が」


「音」


「音?」


「この部屋だけ、夜に音が違う」


 ガルドは眉をひそめた。


「どう違う」


「……壁の向こうに、人がいる音がする」


 沈黙。


 ベルクが首をかしげる。


「隣、空き部屋だろ?」


「うん」


「じゃあ――」


「でも、音はする」


 ガルドは即座に結論を出した。


「気のせいだ」


「たぶんね」


「拳で確認するな」


「ごめん」


 ――話は、これで終わるはずだった。


 しかし。


「でもさ!」

 ベルクが手を叩いた。


「もし壁の中に隠し部屋とかあったらどうする!?」


「どうもしない」


「ロマンだろ!」


「ロマンで壁を壊すな」


「壊してないけどな!」


 その瞬間。


 ミシッ。


 全員が固まる。


「……今の音は?」


 イオリの静かな一言。


 壁の奥から、

 かすかな、布が擦れる音がした。


 ガルドは、ゆっくり壁を見る。


「……ミラ」


「なに」


「もう殴るな」


「うん」


「ベルク、騒ぐな」


「えー」


「イオリ」


「はい」


「……聞かなかったことにしろ」


「了解です」


 その場は、それで解散した。


 誰も壁を壊していない。

 記録上は。


 その夜。


 壊れていない壁の向こうで、

 小さな影が、胸を押さえて座り込んでいた。


今日は危なかった。

音を立てすぎた。

反省。


 日誌に、小さく記す。


壁は壊れていない。

私も、見つかっていない。

だから問題なし。


 雑巾で、床を一度拭く。

 誰も見ていない場所を。


 灰門第七共同住居棟は、

 今日も何も壊れていない。


 たぶん。

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