共有棚の謎
灰門第七共同住居棟には、共有棚がある。
炊事場の隅。
壁に沿って据え付けられた、木製の棚だ。
用途は単純。
誰のものでもない物を置く。
あるいは、誰のものかわからなくなった物を置く。
そして――
勝手に増える。
「……おかしい」
ガルドは棚の前で腕を組んでいた。
昨日まで、確かに無かったはずのものがある。
・乾いた布切れ
・小瓶(中身不明)
・磨かれた短剣の鞘(中身なし)
「……誰のだ」
背後から、ベルクが顔を出す。
「ん? それ? 前からあっただろ」
「なかった」
「えー? 俺、使ったことあるぞ」
「何に」
「……なんか拭いた」
「何を」
「……覚えてない!」
「使うな」
ミラが鍋を持って近づく。
「その小瓶、便利だよ」
「何が入ってる」
「油」
「用途は」
「いろいろ」
「具体的に言え」
「音が出ない」
ガルドは一瞬、言葉を失った。
「……どういう意味だ」
「蝶番に塗ると静かになる」
「いつ塗った」
「夜」
「誰が許可した」
「必要だったから」
イオリが棚を覗き込む。
「この布、洗濯済みですね」
「……なぜわかる」
「匂いがしません」
ガルドは頭を抱えた。
「誰かが……勝手に補充している」
「え、幽霊?」
ベルクが楽しそうに言う。
「違う」
「じゃあギルドの管理人?」
「そんな頻繁に来ない」
「じゃあ――」
ミラが首を傾げる。
「住人?」
「……住人は全員、ここにいる」
沈黙。
ガルドは棚を一つずつ確認する。
布の畳み方は丁寧すぎる。
刃物の向きは安全側。
棚の奥行きを、最大限使っている。
「……几帳面すぎる」
「ガルドより?」
イオリが素で言った。
「比べるな」
ベルクが腕を組む。
「なあ、こういうのさ……
“気が利く誰か”がやってくれてるってことでいいんじゃね?」
「よくない」
「便利だろ?」
「ルールが不明だ」
「じゃあルール作ろうぜ!」
ベルクが、棚の前に札を立てる。
『共有棚
使ったら戻す
壊したら謝る
よくわからなかったら置く』
「……誰向けだ」
「みんな!」
その夜。
共有棚の前で、小さな影が立ち止まった。
札を読む。
使ったら戻す
壊したら謝る
よくわからなかったら置く
「……」
しばらく考えてから、
布を一枚、丁寧に畳み直す。
短剣の鞘を、少し奥にずらす。
小瓶を、転がらない位置へ。
そして、札の下に、そっと書き足す。
『補充は
気づいた人が
気づかれないように』
翌朝。
「……増えてる」
ガルドが低く呟いた。
共有棚には、
新しい布と、乾燥薬草が置かれていた。
「なあガルド!」
ベルクが笑う。
「この棚、優しいよな!」
「……否定できないのが問題だ」
イオリは、棚を見つめて静かに言った。
「ここ、ちゃんと人が住んでますね」
「……そうだな」
誰も数えていない。
誰も記録していない。
けれど、
共有棚だけが、正確に人数を把握していた。
(追記)観測日誌 ― 灰門第七共同住居棟・共有棚
夜。
全員の足音が消えたあと、共有棚の前に立つ。
布は一枚足りない。
昼に使われた形跡がある。
でも、汚れてはいない。
だから、洗わなくていい。
乾燥薬草の量を確認する。
減っている。
たぶん、鍋に使われた。
苦くなるほどではない。
計算どおり。
札を見る。
使ったら戻す
壊したら謝る
よくわからなかったら置く
……わかりやすい。
でも、戻せないものもある。
謝れないこともある。
だから、置くだけにする。
棚の奥に、薬草を少し足す。
湿気が来ない位置。
短剣の鞘の向きを、もう一度直す。
夜に手を伸ばしても、怪我をしないように。
この棚は、たぶん気づかれない。
でも、使われる。
それでいい。
人数は、数えない。
数えると、ずれるから。
今日も、壁は壊れていない。
棚も、誰のものでもない。
住居棟は、静かに成立している。




