6-8. 迷惑をかけちゃったけど…
今朝と同じ場面の未依沙視点です。
(✳︎未依沙視点)
まだ大丈夫…
そうやって無理したのが良くなかった。
大学受験のために、
やる気が上がっていた。
なんでこんなに集中力があるのか、
自分でも不思議だった。
でも、体は正直だった。
ヤバいかも…
部活中に急にめまいを感じ、
体育館の端で腰を下ろして休んでいた。
ぼーっと無意識に見つめる先は
バレー部だった。
あ、かげちゃん。
今日もかっこいいな…
体調が悪くても、ここは
通常運転な自分に笑えてしまう。
今日の部活は見学しよう。
そんなことを考えていたら、
かげちゃんがわたしの方を見た気がした。
早く帰った方がいいのは、わかってる。
でも、帰ろうとする気持ちとは裏腹に、
わたしの体は体育館に沈み続けた。
立ち上がってみると、
かなり体調が悪いことが分かった。
これ、結構ヤバいかも…
お父さんとお母さんは
結婚記念日で外食をしてるし、
迎えに来てってお願いしたくなかった。
家に帰って寝てれば大丈夫。
今にも崩れそうな自分の体に鞭をうって、
一歩ずつ前に進むことしかできなかった。
「未依沙!どうした?」
後ろから走ってくる足音が聞こえると思ったら、
それはかげちゃんだった。
いつも助けてくれるのは、
かげちゃんなんだね…
弱っているからか、
涙があふれそうになった。
「しんどいのか?」
異変をすぐに察知して
私の荷物を全部もってくれた。
「かげちゃん…ありがとう」
なんとか絞りだした声は、
自分でもびっくりするくらい小さかった。
わたし、かなり限界に来てる…
「体調悪すぎじゃん。俺がニケツで送るわ」
「それは絶対ダメ」
かげちゃんの提案を聞いた瞬間、
私の頭の中で警報が鳴った。
これは絶対にしたくない。
ふらふらの体なのに、
この思いだけは強かった。
「何言ってんの。こんなんで自力で帰れるわけないじゃん。」
「でも、自力で帰るしかないの。大丈夫だから。」
「なに強がってんだよ。俺が乗せてくって」
「その気持ちは嬉しいけど、ニケツは絶対にダメ。警察に捕まったら、かげちゃんの部活にひびくから…」
わたしのせいで、かげちゃんの
活躍の場が奪われるなんて、
絶対に嫌だった。
かげちゃんの助けを受け取ることで、
迷惑になってしまう未来だけは避けたかった。
かげちゃんの優しさは本当に嬉しいけれど、
これは甘えちゃだめだ。
少し困ったような、驚いたような
そんな表情で一瞬黙ったあと、
かげちゃんからいつもの優しい声が発せられた。
「頑張って自転車乗れる?」
私の顔を覗き込む。
「うん。自転車が一番早いから…」
家まではほんの少し。
あと少しだけ。
「俺、未依沙の荷物持ってくよ。家まで送る」
「ありがとう」
わたしの必死の思いをくんでくれて、
心配だからと一緒に
帰ってくれることになった。
かげちゃんは途中でコンビニに寄って、
わたしのために色々買ってくれていた。
その優しさに胸があたたかくなる。
でも、私の心とは裏腹に、
体調は悪化の一途をたどるだけだった。
寒気がして震えが続いている。
家に着くことができて一安心した。
何とか靴を脱いでリビングへ行くと、
そのままソファに倒れこんだ。
全身が寒い…
かげちゃんがブランケットをかけてくれる。
「未依沙、他に布団ない?寒いだろ?」
ブランケットはこの一つしかない。
わたしの布団をもってくる方法だけが残っていた。
ちょっと待って…
私の部屋、散らかってなかったっけ?
そういえば、パジャマ脱ぎっぱなしだったかも…
だらしない子って思われたらどうしよう…
今朝、出てきた部屋の状態を
思い出そうとしたけれど、
熱のある頭ではできそうになかった。
もう、なるようになれ!
「私の部屋の布団と枕をとってきてくれる?」
私の部屋が散らかってて、
かげちゃんが引きませんように…
なんて頭の片隅で考えていた。
リビングの扉が開いて、
かげちゃんが戻ってきた。
……変なもの見てないよね?
大丈夫だよね?
ますます熱が上がりそうだよ…
布団を持ってきてわたしの傍に立つと、
かげちゃんの少し冷たい手が
私の頭を持ち上げた。
枕を入れてくれようとしてるんだ。
わたしはかげちゃんに身を任せた。
寝かせてもらったわたしは、
かげちゃんを見つめる。
「かげちゃん、ありがとう」
「うん、いいよ。気にしないで」
弱ってるからかな…
かげちゃんの優しさが嬉しい。
なぜかわからないけれど、
かげちゃんを見つめたくなった。
ん?
かげちゃん?
かげちゃんの腕が私に伸びてくる。
冷たい手がわたしのおでこをピタッと触った。
そっか、熱を確認してるのか…
はぁ、ひんやりして気持ちいいな…
「未依沙、スポドリ飲む?」
バレー中に響く鋭い声とは違う、
私だけに向けられた、
鼓膜を優しく撫でるような
低い温度の優しい声。
「うん、ちょっとだけ飲む」
お兄ちゃんがいたらこんな感じなのかな?と
想像してしまう。
ついつい甘えたくなってしまう感覚って
こんな感じなのかな?
…それと同時に、
本当はお兄ちゃんじゃ嫌なんだって、
心のどこかで叫んでる自分がいた。
こんな風に優しくされるのは、
わたしだけがいい。
……それなのに、今の私は
ただの弱った子供みたいに
されるがままになっているのが、
もどかしくて、でも心地よかった。
熱が出てるからか、
もうなにも考えられない…
かげちゃん、もう帰っていいよ。
ありがとうね。って本当は伝えたかった。
でも、疲れがどっと襲ってきて、
わたしはそのまま眠りについていた。
夢の中でかげちゃんが私を触った気がした…
冷たい手がわたしに伸びて、
まるで猫になったかのように
無性に甘えたい気分だった。
✳︎
「未依沙?」
遠くから優しい声が聞こえる。
夢の中でかげちゃんが私を触った。
ひんやりして気持ちいい手に触れられて、
かげちゃんに甘えてた気がする。
……夢だよね?
現実だったら、
恥ずかしくて顔が見られないよ…
ゆっくりと目を開けると
目の前にはかげちゃんがいた。
「かげちゃん…あれ、ずっといてくれたの…?」
ずいぶん寝た気がすると思い、
時計を見たら8時半を過ぎていた?
「うそ…もうこんな時間?」
ずっとそばにいてくれたの?
申し訳なかった。
「時間は気にしなくていいよ。それより、熱はどう?」
私が時間の心配をしないように
伝えてくれていることがわかる。
かげちゃんはどこまでもいい人だ。
「まだ熱い…ゼリー食べたい。」
私の声は自然と甘えた声になっていた。
食欲はないけど、ゼリーなら食べられる。
かげちゃんが買ってくれてて助かった。
わたしが一旦落ち着くと、
かげちゃんも机の上の勉強道具を
片付け始めた。
「俺、そろそろ帰るわ。未依沙の家族、いつ帰ってくるの?」
「多分、そんなに遅くならないと思う。」
「そっか…早く良くなるといいね」
その言葉とともに降ってきたのは、
かげちゃんの優しい手だった。
ポンポンと私の頭を触った時、
かげちゃんが?!と思考が止まった。
かげちゃんの方からわたしに触れてくれるなんて…
その真意を知りたくて目を覗き込む。
熱を出してるから…?
もっとしてっておねだりしたい気持ちになった。
「おやすみ、未依沙。」
「おやすみ。かげちゃん、ありがとう」
顔がボンっと熱くなった。
これは熱だけじゃないって、
わたしはわかってた。




