5-13. 初めての…
(*景虎視点)
「後田先輩っ!」
部活が終わって階段を下りると、
辻口さんが待っていた。
「辻口さん、お疲れさま。どうした?」
「後田先輩を待ってました。お話ししたいことがあって…」
「話?自転車置き場に行きながらでいい?」
そう言って歩き出そうとした、
その時だった。
隣に来るはずの足音が聞こえない。
不思議に思って振り向くと、
辻口さんはその場に立ち止まっていた。
さっきまで伏せがちだった目が、
まっすぐ俺を捉えている。
……あ。
胸の奥が、少しだけざわついた。
「後田先輩。あの…」
これは、歩きながら聞く話じゃない。
そう直感して、俺は辻口さんに向き直った。
「わたし、後田先輩が好きです」
一瞬、時間が止まったみたいだった。
「私を助けてくださった時から、ずっと…もし少しでも可能性があるなら、付き合ってください。お願いします」
ぺこっと深く頭を下げる。
顔を上げたとき、
頬ははっきりと赤く染まっていた。
——本当に、告白された。
されるかもしれない、とは思っていた。
でも、まさか本当にその瞬間が来るなんて。
こんなの……人生で、初めてだ。
俺は気づくと部活のカバンを
ぐっと握りしめていた。
「……辻口さん」
喉が少し乾いて、
無意識に唾を飲み込んだ。
「想いを伝えてくれてありがとう。でも、俺は付き合えない。ごめん」
辻口さんの目に、
みるみるうちに涙が溜まっていく。
俺はその変化から目を逸らせなかった。
女の子を泣かせてしまった。
そんな罪悪感が、ずしんと胸に落ちる。
「……そんな気がしてました」
辻口さんは、小さく息を吸ってから続けた。
「後田先輩は、バレー一筋だから。でも、それもわかってます。バレーを優先してても、私は怒りませんし……むしろ、そんな先輩を応援したいって思ってます」
上目遣いで見つめられる。
でも、俺は一歩も近づけなかった。
二人の間を、冷たい風がすっと通り抜ける。
「そこまで考えてくれてたんだ…」
正直、胸は少しだけ揺れた。
カバンを握る手に一瞬目をやると、
カピバラのキーチェーンが目に入った。
そうだった…
俺のバレーを応援してくれる人がいたじゃん。
それに気づいた瞬間、
俺の中に揺るぎない芯が通った気がした。
やっぱり、俺の中の答えは変わらない。
「……ごめん。今、俺はバレーに集中したい」
ぐすっと鼻をすする音。
「わかりました」
辻口さんは、それだけ言って背を向けた。
歩き出した後ろ姿が、やけに小さく見える。
自転車置き場は反対なのに、
学校の方へ歩いていってしまった。
……呼び止めることなんて、できなかった。
俺は自分の自転車を引っ掴み、
冬の匂いが混じった冷たい空気を大きく吸い込む。
胸の奥に残るざらつきを誤魔化すみたいに、
家へとペダルを強く踏み込んでスピードを上げた。




