5-4. 縮まらない距離と、親友の予言
(*未依沙視点)
いよいよ文化祭当日。
晴天の秋空の下、生徒たちの心は
どこまでものびやかに、高らかに
広がっていた。
校門をくぐった瞬間から、
いつもより少し浮ついた空気が流れている。
みんなが目を輝かせ、
それぞれの目的の場所へ向かっていく。
今年の文化祭は、ある意味異色だった。
お化け屋敷は毎年、長蛇の列になる。
でも今年は、そのお化け屋敷に
負けず劣らず行列を作っている
クラスの出し物があるという。
その噂を聞きつけたカレンと一緒に、
わたしは人の流れを縫うように急いでいた。
カレンはアイドルダンスを踊るメンバーで、
午後から一緒にステージに立つことになっている。
帰国子女で頭もよく、ハーフでとても可愛い。
同じ特進クラスで息が合い、
いつメンになれて本当によかったと思う。
アイドルダンスをしようと誘ってくれたのも、
カレンだった。
アイドルダンスのメンバーは七人。
特進、スポーツ、普通科の混合という、
かなり珍しい組み合わせだ。
こうして考えると、
カレンの顔の広さがよくわかる。
アイドルダンスをするつもりなんて
最初はなかったけれど、
みんなで練習して一つの曲をつくりあげる時間は、
チームスポーツとはちがう楽しさがあった。
ダンスといえば——
昨日のことが、どうしても頭から離れない。
あの一瞬の出来事のなかで、
はっきり覚えているのは、
ステージから落ちるわたしを、
かげちゃんが抱きとめてくれたってこと……。
わたしは人生で初めて、
スローモーションを経験した。
落ちる瞬間、まるで一秒ごとに
世界が区切られて動くようだった。
視界の端で、かげちゃんが手を広げて、
落ちてくるわたしを待っている。
必死なその表情が、
今も脳裏に焼き付いている。
お目当てのクラスに近づくと、
お化け屋敷ほどではないけれど、
しっかりと行列ができていた。
列の最後尾に並ぶと、背中越しに
人の気配が増えていくのがわかる。
「そういえばさ、昨日、未依沙のことを助けた後田君ってこのクラスだよね?」
「うん、そうだよ」
列が一歩、前に進む。
「どんなクラス出し物か、詳しく聞いてないの?」
「文化祭準備の時は、忙しくしてたから話してないんだよね。学校で全然会わなかったし。」
「まあ、そうだよね、怒涛の一週間だったよね。この一週間でこれだけできるのって、正直すごいよね」
「ほんとにそうだよ、わたしたち、文化祭準備に加えてダンスの練習もしたし……よく頑張ったよね」
カレンと話していると、
待ち時間なんて全然苦じゃない。
にぎやかな声が響く廊下で、
人々が通り過ぎていく気配を感じるのも、
見ていて面白かった。
気づけば、前にも後ろにも、
同じくらいの人数が並んでいる。
カレンが、こつん、こつんと
肘でわたしをつつく。
ニヤニヤした顔が、
ぐっと距離を詰めてのぞきこんできた。
「昨日さ、ドラマのワンシーンが起きたじゃん。未依沙はときめかなかったの?」
「なっ……急に何?!」
「だって、後田君って未依沙の幼馴染でしょ? これまで意識していなかった幼馴染に抱きとめられて、急に意識し始めました。とかないの?」
「……いや、その逆……」
「え?!」
小さくつぶやいたはずなのに、
特大の声が返ってきた。
「え?!」の響きが思った以上に大きくて、
周りの視線が一斉に集まる。
慌ててカレンの腕をつかみ、顔を近づけた。
「カレン、声が大きすぎ」
「いや、ごめん、ごめん。どっちの逆かと思っちゃって」
「どっちの逆?」
「いや、それはいいからさ、その逆ってどういうこと?」
わたしは言葉に詰まって、
視線を足元に落とした。
昨日のあの瞬間の体温が蘇る。
助けてもらった安堵と、
かげちゃんの必死な顔と、重なった鼓動。
思考が追いつく前に、気づいたら彼に腕を回してた。
大好きで、大切で、失いたくなくて。
「離したくない」っていう本能だけで、
彼に抱きついてたんだと思う。
でも、かげちゃんが固まったのを感じた瞬間、
急に現実に引き戻されて……。
「ごめん」って逃げるしかなかった。
あれじゃまるで、ただの
ハレンチな幼馴染だよね……。
カレンのことは信用してる。
この子になら、話してもいいよね。
「わたし、かげちゃんのことが好きでこの高校に進学したの」
「マジ?!?!」
またしても大きなリアクション。
帰国子女はリアクションが大きいらしい。
再び周囲の注目を集めてしまう。
「カレン、そんなに大きい声出すなら言うのやめる」
すねた顔で睨むと、
カレンが勢いよく飛びついてきた。
「未依沙、ごめんって~。つい興奮しちゃってさ。もう大きい声出しません。」
さっきよりも目を輝かせたカレンは、
ガレリアの窓から差し込む光に照らされて、
さらに明るく見えた。
通り抜ける秋風が、制服の裾をふわりと揺らす。
「わたし、長年片思いしてるの。自覚したのは中学だけど、多分小学生のころから好きだと思う。」
「未依沙、すっごく一途だね。実際、どこまで進展してるの? もうすぐ付き合えそうな感じ?」
「全然そんなんじゃないよ。かげちゃんは優しいけど、それはみんなに対してだから。」
自分で言っておいて、
胸の奥が少しだけ痛んだ。
一番近くにいるはずなのに、
一向に縮まらない距離を、
改めて意識してしまう。
「未依沙、あんなヒーローみたいな助けられ方して、まだ『みんなに優しい』なんて言ってるの? 昨日の後田くん、絶対『みんな』に向ける顔じゃなかったよ。未依沙を守るために、すごく必死だったように見えたんだけどな〜。」
「そうなのかな…?そうだったら、わたしは嬉しいんだけど…」
最後の方は恥ずかしくて声が
小さくなっていった。
「でもさ、なんか、納得した。未依沙がいろんな人から告白されても付き合わない理由がわかったよ。いつも、興味ない、とか、知らない人だしとか言ってたのに、ちゃんと理由があったんだね。」
カレンの視線を真正面から受け止めると、
急に恥ずかしさがこみ上げてきた。
顔が赤くなりませんように、
と心の中で二度唱える。
さっきまで気に留めていなかった秋風の涼しさが、
頬に心地よく触れた。
「うん……今まで言ってなくてごめんね。本当はめっちゃ片思いしてるからです。」
苦笑いになってしまう。
もっと自然に笑えたらいいのに、と思う。
「未依沙は可愛いし、性格もいいし、頭もいいし、私から見ると欠点ないんだけどなぁ。そんな幼馴染に好きですって言われて断る人いるの?」
わたしたちは長い列に並びながら、
小声でこんな話を延々と続けていた。
周りは知らない人ばかりだし、
名前もほとんど出していない。
たぶん、バレたりしない。
気づけば受付はすぐそこだった。
思っていたより、待ち時間は短かった。
待ちの列が進むにつれて、
「ドンッ」という鈍い音や、
時折漏れる「キャー!」という
短い悲鳴が教室の中から聞こえてくる。
だんだん緊張してきた…
「そろそろ受付が近いから、いったんこの話はやめようか」
「そうだね、通常モードに戻ろう!」
パッと前を見ると、受付係をしている瑠飛と、
視線がバチッと合った。
「あ! 瑠飛だ! 受付してるの?」
「未依沙じゃん。来てくれたんだ。そう、今は受付当番中。もうすぐ中と変わるけどな」
「すごいね、大盛況じゃん。当番を何回も変わるくらい忙しいんだ?」
「まぁな、俺らの出し物、体力勝負なところあるから」
「え? そうなの?」
「まあ、楽しみにしてて」
そう言って、瑠飛は中を見てくると
クラスへ戻っていった。
「あの人もハーフだよね? もう一人の幼馴染だっけ?」
「うん、そう。」
「すっごいイケメン君だね」
「確かに、昔からファンが多いかも」
「さあ、次が私たちの番だね」
ワクワクしながら扉を開けると、
薄暗い空間が、目の前に広がっていた。




