5-3. ゼロ秒の守護者
(*景虎視点)
この一週間、部活は返上して文化祭準備。
……のはずだったが、俺たちバレー部は
準備が終わったあとも、結局いつものように
体育館に残って練習している。
文化祭準備なんて、部活より楽だろ。
正直、そう思ってた。
なのに…
「……なんで、こんな汗かいてんだ俺」
額から落ちる汗を袖で拭いながら、
心の中でぼやく。
机を運び、資材を運び、
装飾を組み立てて、また運ぶ。
気づけば息が上がっていた。
俺たちスポーツクラスは男子が多い。
文化祭の準備に女子の手があれば――
と思わなかったわけじゃない。
でも、ないものを数えても現実は変わらない。
結局、野郎どもで力を合わせるしかない。
仕切るのが得意なのは瑠飛だ。
クラスの真ん中で声を張り、
自然に人を動かしている姿が、正直眩しい。
俺はというと、表に立つタイプじゃない。
足りないものがあれば取りに行く。
頼まれれば動く。
実験の準備でも、率先してやる側にも
される側にも回る。
裏方で、とにかく動く。
それだけに集中していた。
真剣にやったからだろうか。
気づけば、文化祭準備も
悪くない時間だと思えていた。
そんなとき。
体育館の前を通りかかった瞬間、
光の当たったステージが目に入った。
リハーサル中らしい。
……そういえば。
未依沙が、文化祭で
アイドルダンスをやるって言ってたな。
気づけば、俺は足を止めていた。
そのまま、そっと体育館の中へ入る。
黒幕が張られた薄暗い体育館。
窓が閉まっているせいか、少し熱がこもっている。
暗いし、誰が見てるかなんて、
そこまで分からないだろう。
そう思って、ステージ正面は避け、
横手から近づいた。
……やっぱり。
ステージの上に、未依沙がいた。
あのアイドルグループか。
前に名前を聞いた気がする。
ステージには台が置かれていて、
その上に座ったり、寄りかかったりしながら
踊る構成らしい。
アイドルには疎いけど、
「こういう演出もあるんだな」と、ひとり感心する。
――その時。
ふと、目についた。
あの台、キャスター付いてるよな。
踊りながら動かしたりしないよな……?
ちゃんと固定されてるよな?
それにしても、危なっかしい演出だな…
一瞬、嫌な想像が頭をよぎる。
でも、すぐに打ち消した。
リハーサルだし、何度も練習してるはずだ。
大丈夫だろ。
そろそろ教室に戻るか。
そう思って、体の向きを変えた、その瞬間。
未依沙が、台の上に立ち上がった。
……危なくないか?
そう思った瞬間、
体が、勝手に走り出していた。
ガッ、と音を立てて、台が後ろに動く。
未依沙の体が、前につんのめる。
一歩、足をついた。
でも、止まらない。
そのまま、ステージから落ちる。
――スローモーションだった。
完全に、ホラー。
バレーボールをしていると、たまにある。
世界が細切れに見えて、頭だけが異様に冷静で、
体が、いつもより速く動くあの感覚。
あと、三歩。
落ちてくる未依沙を、受け止められる。
バーン。
……どうやら、間に合ったらしい。
正直、最後の三歩目から先は
一瞬すぎて覚えていない。
気づいたら、俺は床に倒れ込んでいて、
腕の中に未依沙がいた。
「かげちゃん!?ごめん、大丈夫?怪我してない?」
勢いよく、俺の上から身を起こして、未依沙が聞いてくる。
「怪我してないから大丈夫。それより、何とかキャッチできてよかった。落ちたら実際ホラーだよ」
「ホラーとか言わないで。それより、ほんとにほんとに怪我してない?」
「未依沙は軽いから、何ともなかったよ。未依沙が怪我しなくてよかった」
そのとき、
左手が、まだ未依沙の背中に
触れていることに気づいた。
慌てて手を離し、床に着く。
さっきまで触れていた場所の熱が、
床の冷たさで、じわっと引いていく。
あんな勢いで落ちてきたのに、
受け止められるくらいの重さだった。
女の子って、こんなに細いのか。
数秒遅れて、そんなことを考えている自分に気づく。
「かげちゃん、本当にありがとう」
少し潤んだ目で、未依沙が
手を広げて近づいてくる。
そして――
首に、ふわっと腕を回された。
抱きしめられた。
どうしていいかわからず
手のやり場に困って戸惑っていると、
近すぎる距離と自分の鼓動に、
はっとしたように未依沙の肩がわずかに揺れた。
「こちらこー」
「ごめんっ」
「ーそ」
……え?
抱きしめて、ごめんって、
どういうことだ……?
顔を真っ赤にして、目も合わせずにそう言い残すと、
俺の理解が追いつく前に、未依沙は
逃げるようにそのまま走り去ってしまった。
一人残された俺は、ゆっくり立ち上がる。
視線。
気づけば、体育館中の視線が、
俺に突き刺さっていた。
俺は何も言わず、そのまま体育館を後にした。
胸の奥が、妙にざわついたまま。
今回は、あえて景虎視点でお送りしました。




