3-14. もうあの時、後戻りはできなかった
(*未依沙視点)
ゴールした瞬間、さっと
手の結びが解けてしまったことに寂しさを覚える。
ゴールの後、お題を確認する人に紙を見せた。
お題確認係の男子は、
ニヤっと意味深な表情を浮かべて、
わたしの方をチラッと見た。
走るのに必死だったはずなのに、
ゴールしてから、胸の鼓動だけが
やけにうるさかった。
顔、熱い。
……息が切れてるだけ。
きっと、そう。
って思ってた。
「1位、やったな!」
いつもの笑顔を向けてくるかげちゃん。
いつにも増して眩しく感じてしまった。
「…うん、やったね!」
今、自然に言えてたかな…?
「未依沙、ありがとな。じゃあ、またな」
かげちゃんはさっと1位の旗の方へ
走って行ってしまった。
ドキドキするわたしのことなんて知らずに、
颯爽と駆けていく後ろ姿を見つめた。
そうだ。まだ借り物競走は終わってないから、
早く戻らないと…
自分の席に戻っても、さっきまで
かげちゃんの手が触れていた感覚が消えない。
坂口くんと繋いだ時とは、全然違う熱。
私はその感覚を忘れたくなくて、
誰にもバレないように、
そっとその手を自分の胸に当てた。
ちょうど瑠飛の番が回ってきた。
紙を取った瞬間、真剣な顔で青団の元へ。
どんなお題を引いたんだろう…
みんながお題にすぐに反応できるように身構えた。
「母さん!」
生徒たちの後ろに立って観戦している
親御さんたちに向かって瑠飛が叫んでいる。
瑠飛のお母さんはビックリしながら
手を上げて応えると、瑠飛はすぐさま駆け寄った。
すると、みんなが2度見するような光景が訪れた。
瑠飛は母親をお姫様抱っこして走り出した。
青団以外の生徒も瑠飛に注目していた。
順位は6人中5位だったが、
話題になるには十分だった。
ゴールした後、借り物確認係の人と瑠飛、
瑠飛のお母さんが楽しそうに笑い合っている。
瑠飛はいったいどのお題だったんだろう…?
みんなはそのことで頭がいっぱいだった。
そんな中、わたしはもう一つ
気になっていることがあった。
かげちゃんのお題のこと…
『好きな人』…な訳ないよね。
だって、かげちゃんはとっても普通だったし。
手を繋いだことも、
きっと何とも思ってないんだろうな。
あんなに自然に手を繋げたことを思い返して、
1人顔がニヤけそうになる…
秋の涼しい風が、熱くなった
わたしの頬を少しだけ冷やしてくれる。
気軽に、そういつもみたいに聞けばいいだけ。
借り物競走を終えた青団男子たちが帰ってきた。
みんなが瑠飛に質問攻撃をしている。
「ヤンセンのお題なんだったの?」
「お母さんをお姫様抱っことか、紳士すぎる!」
「瑠飛が引いたお題、『好きな人』だったんだって」
「最高の息子じゃん!」
「お前、本当にカッコいいな」
みんなが騒いでいるのを横目で見ながら、
わたしはさっとかげちゃんのそばへ行った。
「かげちゃんっ!」と、
トントンと肩を叩き、
小声でかげちゃんに話しかけた。
「かげちゃんのお題って何だったの?」
緊張で声が震えないように、
あくまでも自然に見えるように。
「あ〜、あれね。俺のお題は『幼馴染』だった。」
……ああ、そっか。
その言葉が、胸の奥に静かに落ちた。
「幼馴染がいない人はどうすんだよ。って思った。俺は未依沙がいたから、良かったけどさ」
肩が触れそうなくらい近くて、
手を繋いだことを思い返して、
またドキドキしてしまう。
同時に、やっぱり好きな人じゃなかったんだ、
と少し残念に思ってしまう。
「かげちゃんの借り物競走に貢献できて良かった。」
ニコッと笑顔を見せたけれど、
自然に笑えてたかな…?
幼馴染として選ばれたことは、嬉しい。
なのに――
それ以上でも、それ以下でもないんだと
はっきりわかってしまった。
高鳴る胸がしゅーっと
静かに沈んでいくのを感じた。
クラスは瑠飛の話題で盛り上がっている中、
風は涼しいはずなのに、胸の奥だけが、
少しだけ冷たかった。
……
幼馴染として近いのに、
どうしてこんなに遠いんだろう…




