11-13. 自信なんて、あってもなくても
(✳︎景虎視点)
今日は俺の誕生日。
パッと目が覚めて、
ベッドに仰向けになる。
高い天井を見上げながら、
イタリアに来てからの目まぐるしい一年を
ぼんやりと思った。
帰国はもうすぐそこだ。
いつものルーティンを始めようと、
サイドテーブルのスマートフォンに
手を伸ばした、その時。
画面にぽつんと浮かび上がった
『未依沙』の二文字が、
俺の目に飛び込んできた。
留学前に、俺は未依沙を一方的に振った。
こんな俺が未依沙を振るなんて、
本当におこがましいことだとはわかってる。
でも、可愛くて、完璧で、優しい未依沙は
俺じゃなくてもっと外の世界、
つまり他の素敵な男性も見たらいいと思った。
こんな高嶺の花の女の子を縛ることも、
モテモテの未依沙に対して
嫉妬や不安に耐えることも、
俺にはできないと思った。
だからこそ、未依沙から
連絡があったことに驚く。
誕生日で送ってくれたのか。
たくさん傷つけたのに…
律儀なやつだな。
そういう優しいところに、
みんな惹かれていくんだろうな。
LINEのメッセージを開くと、
たくさんの写真が送られていた。
この画像、一体なんなんだ…?
あ、これは、小学校、中学、高校か。
懐かしいな。
そっか、夏休みで未依沙は
実家に帰省してるのか。
ん?でも、この一枚はなんだ?
河川敷?
そういえば、小学生の時、
瑠飛とここでよくバレーの練習をしてたな。
川の真横で練習って、今考えるとバカだよな。
写真と共に懐かしい思い出が蘇ってくる。
ここは…どこだっけ?
何の変哲もないただの道。
なぜ、未依沙はこの場所を送ったんだろう…
そして、最後はランニングのメーターの
スクリーンショット。
走行距離が”8.6”kmになっている。
俺の誕生日だ。
たくさんの場所を回って、
写真を撮って、俺の誕生日の
8.6にしてくれたんだな。
心の中にブワっと温かい気持ちが広がる。
はぁ、やっぱり未依沙には敵わないな…
写真を閉じて、
未依沙のメッセージに目を通す。
『かげちゃん
21歳のお誕生日おめでとう
かげちゃんは小さい頃から
バレーボールへの夢を追いかけているね
そして今はイタリアでのバレー留学も叶えてる
どんどん遠い存在になっていくように
わたしは感じるよ』
僕のことが遠い存在だって…?
まさか!
遠い存在なのは未依沙の方だ。
子どもの頃から、才色兼備で
高嶺の花だったじゃないか。
『わたしもね
実は一つの夢に向かって進んでるの
かげちゃんは気づいてたかな?
かげちゃんに送った全ての写真には
わたしにとってはどれも大切な瞬間の写真なの
わたしがはじめてかげちゃんにあったのは
河川敷。
瑠飛の幼馴染として景虎君に会ったの。
何気ない道の写真
わたしはここで溝に落ちて
怪我をしているところを
かげちゃんに助けてもらったの
わたしをおんぶして家まで送り届けてくれて、
本当に王子様みたいだなって思った』
なんだこれ…
未依沙は全部覚えてたのか。
俺と出会った場所も、
未依沙を助けたことも。
未依沙が溝に落ちた時…
そっか、この時だったのか、
俺が未依沙をおんぶしたのは…。
付き合う前におんぶを
お願いされたことも思い出した。
自然と胸が熱くなる。
『小学校高学年の時、
わたしは勇気を出して
「未依沙」って呼んでってお願いしたの
かげちゃんと少しでも近づきたいし、
わたしも幼馴染ポジションになりたかったから
わたしは中学校でバスケ部に入ったんだけど、
その理由知ってる?
わたしね、バレー部のかげちゃんのプレーを
いつも見ていたの
わたしも同じバレー部に入るのは
距離が近過ぎて緊張しちゃうから、
離れたところから見たいって思ったんだよね
高校もバスケ部を選んだ
同じ体育館で練習じゃなかったら、
バスケ部は選んでないよ‼︎
かげちゃんがスポーツ推薦で
有名な大学へ行くって予想してたから、
どこの大学に決まったとしても
ついていけるように受験勉強を
一生懸命頑張ったんだよ』
僕は言葉が出なかった。
未依沙はずっと俺を見ていた。
いや、俺だけを見ていた。
部活も、勉強も、未依沙の人生の中心には、
ずっと俺がいたのか……?
そんなのアリかよ……。
胸の奥がギチギチと音を立てて軋む。
溢れ出してくる愛しさと申し訳なさで、
息の仕方も分からなくなる。
ただ、痛いくらいに分かったのは、
俺も、狂おしいほど未依沙が
愛しいということだけだった。
『今日という大事な一日に、
わたしの想いを伝えさせてください
離れていても連絡も取れなくても
気持ちがなくなることはなかった
わたしは今もかげちゃんが大好きです
あらためて、かげちゃん
お誕生日おめでとう
生まれてきてくれて、わたしと出会ってくれて
本当にありがとう』
未依沙の、どこまでも純粋な愛が、
俺の魂の奥の奥まで
じーんと熱く響き渡っていく。
それなのに俺は
自分に自信がないからって、
未依沙の気持ちを受け止めることが
できなかった。
未依沙を信じることができないんじゃなくて、
俺自身を信じられなかったんだ。
こんな俺でいいのか?
隣に立てるのか?
って…
でも、そんな俺を未依沙は好きだと言ってくれた。
ひどく傷つけたのに、それでも
今も気持ちを伝え続けてくれている。
俺は覚悟を決めた。
未依沙が大好きでいてくれた、
俺自身を受け止めよう。
そして、未依沙の想いに今度こそ応えたい。
俺も、自分の本音を全部ぶつけよう。
未依沙が大切な存在だって。
誰にも取られたくないって。
これからも一緒にいたいって。
未依沙じゃなきゃダメなんだって。
俺は小学生の時からずっと
『自分に自信がないから、
完璧な未依沙の隣に立っちゃいけない』
って思い込んで、必死に逃げてた。
未依沙の隣に相応しいのは、
瑠飛みたいにかっこよくて運動もできて
優しい奴だって、自分に
何度も言い聞かせていた。
見た目がどうとか、釣り合うかどうかとか、
そんなちっぽけなことに振り回されて
見えてなかったんだな…
でも、未依沙はそんな俺を
丸ごと愛してくれてる。
だったら、自信なんて、
あってもなくてもどっちでもいいじゃん!
自信がない情けない俺のままで、
未依沙と最高に幸せになって、
彼女を世界一愛する男になっていいじゃん!
こんなに大きくて大切な想いに
気づかせてくれた未依沙。
やっぱり未依沙には敵わない。
『未依沙、ありがとう。
次に会う時、ちゃんと伝える。』
自信がない、ありのままの俺で、
今すぐ彼女を迎えに行こう。
その一言だけを指先で打ち込み、
送信ボタンを押して、
俺はスマートフォンの画面を消した。
真っ暗になった液晶画面の向こうで、
窓から差し込むイタリアの力強い太陽の光が、
俺の涙を照らしていた。




