10-11. 絶対エースの防衛戦
(*景虎視点)
冬の冷たさに包まれた日、
俺たちは一日外で買い物を楽しんだ。
夜ご飯は俺の家で食べる予定だ。
未依沙はあまり人混みが得意じゃない。
その理由を、今日やっと知った。
人が多い場所にいると、
すごく疲れるらしい。
寒さもあって、
今日は特にしんどそうだった。
そんなことにも気づかずに、
俺は自分のペースで歩かせてしまった。
家に着くと、未依沙はソファで
ぐったりしていたから、
お茶を淹れて、休ませることにした。
……俺の家に未依沙が来るのは、
もう何度目だろう。
でも、やっぱり慣れない。
緊張して、手元が落ち着かない。
俺は一人、夕食の支度に取りかかる。
ふとリビングをのぞくと、
未依沙は静かに眠っていた。
無防備な寝顔に、心臓が跳ねる。
目を閉じているときは、
美人というより幼くて可愛い。
この無防備な姿を知っているのは、
世界中で俺だけなんだ。
——そう思った瞬間、
どろりとした黒い優越感が、
俺の胸をじわじわと満たしていく。
料理を仕上げて、そっと肩を叩いた。
「未依沙、起きて?」
くるん、とまつ毛が揺れて、目が合った。
半分眠そうにまた閉じかけるその仕草が、
小動物みたいで……
思わず守りたくなる。
テーブルに並ぶ料理を見て
「わぁ、かげちゃん、こんなにたくさん作ってくれたの?どれも美味しそう〜!」
ぱっと華やぐその表情が、
夕食よりまぶしかった。
「せっかくだし、いろいろ作ってみた。お買い物付き合ってくれたお礼もかねて」
「かげちゃんの手料理、大好き! いただきます!」
「いただきます」
二人で食べるご飯は、
なんでこんなに美味しいんだろう。
たわいもない話をしながら、
笑って、笑って
——気づけば夜更け。
ふと壁の時計の音に気づいて、
俺たちは同時に口を閉ざした。
「もう、こんな時間だね」
「うん…気づいたらこんなに遅くなってたね…」
沈黙。
言葉が、出てこない。
「ねぇ」「あの、」
同時に声が重なって、思わず笑った。
俺は少し息を整えて、言った。
「今日……うちに泊まってく?」
未依沙の瞳が揺れた。
「実は、わたしも“泊まっていい?”って聞こうとしてた」
頬がほんのり赤く見える。
目の奥の煌めきに、
息が詰まりそうだった。
「こんな真冬の夜に帰すのも悪いしな」
もっともらしい理由を言うけど、
本当はただ——まだ一緒にいたかった。
「かげちゃんは優しいね。でも、わたしは寒いからこそ…かげちゃんの温もりに包まれたいって思っちゃった」
……おい、それは反則だろ。
理性、負けるな。
俺は心の中で何度も叫んだ。
でも、その笑顔を見た瞬間、
“波乱の予感”なんて言葉が、
胸をよぎった。
——きっと、この夜は
忘れられない夜になる。
……
明日もあるから、そろそろ寝たい。
でも、その前に体を温めたいよな。
「寒いし、お風呂入ろっか」
「う、うん……」
(……今の、“一緒に”って意味…?)
立ち上がった俺を、未依沙が
目を丸くして見上げてくる。
「どしたの?」
「…お風呂……一緒に入るってこと?」
「えっ?!ち、違う!準備しようかって意味だよ!」
「あ、そっか……びっくりした」
(焦った……けど、言い方ずるいよ、かげちゃん。)
俺の方こそ焦ってるのがバレないように、
背を向けてお湯を張る。
初めてのお泊まりで、一緒に風呂とか
——どんな地獄だ。
まだ、キスにも慣れてないってのに。
……
未依沙が浴室の扉を閉める音がして、
心臓が跳ねた。
彼女がいま、俺の家のお風呂に……。
「落ち着け、俺。」
食器を片付けながら、意味のないことを
頭の中で繰り返す。
……
髪を乾かしている未依沙の横顔が、
灯りに照らされて柔らかい。
その無防備な姿から視線をそらすように、
俺は床に座って寝る前のストレッチを始めた。
「いつも寝る前にストレッチしてるの?」
「うん、怪我防止もあるけど……落ち着くんだよ。」
「へぇ、かげちゃんって本当にアスリートだね。」
楽しそうに首を傾げる彼女に
つい『一緒にやってみる?』と誘ってしまう。
あぁ、俺、うかれてんな…
二人で床に座って、向かい合う。
彼女の体は思っていたよりずっと硬くて、
つい笑ってしまった。
「かげちゃん、痛いって〜!」
床を叩いて笑う未依沙。
背中に触れた瞬間、
突如気づいてしまった“それ”に
——俺は完全に、
息を飲むタイミングを失った。
……ダメだ。俺の中で、パキリと
理性が音を立てた。
「そろそろ寝ようか。」
自分をごまかすように立ち上がる。
ベッドに並んで横になった瞬間、
心臓がまた暴れ出した。
未依沙の髪が、枕の上でふわりと動く。
「今日はありがとう。楽しかった。」
「こちらこそ。かげちゃんと過ごせて、すっごく幸せだった。」
その言葉が、静かな夜に沁みていく。
俺が背を向けた瞬間、
背中に小さな衝撃があった。
「かげちゃん、あったかい……」
え、まさか。
未依沙が、俺を後ろから抱きしめてる。
Tシャツ越しに、彼女の細い両腕が
俺のお腹のあたりをぎゅっと包み込んできた。
全身の血が逆流するみたいに、
心拍数が跳ね上がる。
背中越しに伝わる体温と柔らかさに、
理性がぐらつく。
一秒、二秒、三秒——。
このまま振り返ったら、
俺はもう止まれない。
けど。
俺は、未依沙を大切にしたい。
欲よりも、想いのほうがずっと強い。
「未依沙は、可愛いな。おやすみ。」
「……おやすみ、かげちゃん。」
背中越しの寝息が、
ゆっくりと静寂に溶けていく。
冬の夜は冷たいのに、
この部屋の空気だけ、
春みたいにあたたかかった。




