9-5. そんなつもりなかったんだけど…
(*未依沙視点)
そんなつもりなかったんだけど——。
練習の途中、
マルコがさっとわたしの元にやってきた。
「どうしたの?」
「バレー、楽しいよ!」
「良かったね」
マルコが生き生きしているのを見て、
なんだか嬉しくなった。
バレーで国境を越えてつながれるなんて、
素敵だな。
「未依沙はイタリア語、勉強してるの?」
「うん。話せたらいいなと思って」
「じゃあ、僕が相手をするよ。僕とイタリア語の勉強しよう」
「いいの? 嬉しい!」
まさかそんな提案をしてもらえるなんて。
わたしにとっても、またとないチャンスだった。
「僕、そろそろ帰ろうかな。次はバレーの靴と服を持ってくる」
「そうだね。今日は飛び入り参加だったからね」
「飛び入り参加?」
「服とかの準備をしないで、急に『やらせて!』って入るってことだよ 」
「なるほど! 新しい日本語だね!」
にかっと笑うマルコの顔が、
太陽みたいに明るく見えた。
その屈託のない笑顔が、なんだかまぶしかった。
「未依沙はいつまでここにいる?」
「わたしも、そろそろ行こうかな」
「じゃあ、一緒に帰ろう」
「うん」
わたしは立ち上がってカバンを持った。
「みんな、今日はありがとう。また練習に来てもいい?」
「おう!またな〜!」
部員たちもマルコをすっかり受け入れていた。
その雰囲気に安心していたその時——。
スッと、私の左手が、かげちゃんとは違う
大きな温もりで包まれた。
「行こうか」
屈むようにわたしの顔をのぞき込みながら、
ウインクをするマルコ。
「えっ!?」
突然繋がれた手で
心臓が一気に跳ね上がった。
あまりにも自然な動作すぎて、
びっくりして拒むタイミングを
完全に失ってしまう。
私の動揺なんてお構いなしに、
マルコはそのまま手を引いて歩き出し、
わたしは流されるように
体育館の出口へ向かった。
「あの…マルコ?」
立ち止まって、思わず問いかける。
(これって、どういう意味…?)
イタリア人にとっては普通のスキンシップなのかな?
そう考えていたら、マルコが柔らかく笑った。
「Can I kiss you a little bit?(少しだけキスしていい?)」
「?!?!?」
頭が真っ白になる。
い、今なんて言った…!?
前代未聞の展開に、言葉も出なかった。
そして、わたしは気づかなかった——
体育館の奥から、
バレー部のみんなの――
そして、誰よりも強く鋭い、かげちゃんの視線が、
わたしたちの背中に突き刺さっていたことに。




