9-1. ドキドキが止まらない
(*景虎視点)
「先輩っ」
聞き覚えのある声がして
俺は咄嗟に辺りを見回した。
未依沙が男性に手を引かれていた。
声からも表情からも、
その状況が良くないのだと感じた俺は、
いつの間にか声を出していた。
「未依沙!」
「かげちゃん!」
俺を見あげた目が潤んでいる気がして、
俺は胸が苦しくなった。
駆け寄ってきた未依沙はぐっと
俺の腕を掴んだ。
「迎えにきてくれてありがとう。行こう?」
ニコッと笑うとくるりと背を向けて歩き出す。
俺も未依沙の歩みに合わせた。
少し離れたところまで来ると
「かげちゃん、本当にありがとう。助かった」
(助けてくれた人がかげちゃんでよかった)
と未依沙はつぶやいた。
安堵の表情を見て、俺も安心した。
「ちゃんと助け舟になれてた?」
自分で言って照れてしまう。
「うん!困ってたから、本当に助かったよ〜」
「こういうことって良くあるの?」
俺は素朴な疑問を聞いた。
人生でモテたことがないから、
俺には想像できない世界だ。
「アピールされることは今まで何度かあったんだけど、あそこまで積極的に来られるのはあまりなくて…正直すっごく困ってた。」
モテる人も大変だな…と、
未依沙の状況を見て実感した。
それと同時に、俺が守りたい。
そんな気持ちも感じていた。
「モテるのに憧れる人は多いけど、モテる人にもそんな悩みがあるんだね」
「まあ、好きな人からモテるのが一番だよね」
目線を感じると思って横を向いたら、
未依沙がわざとじとーっと俺のことを見ていた。
その表情が面白すぎて、つい笑ってしまった。
「なんだよ、その顔」
「わかってるくせに〜」
はぁ、またこうやって
言い合えるようになってよかった。
未依沙を助けることができてよかった。
「ねぇ、わたしさ、かげちゃんとやってみたいゲームがあって」
「ゲーム?どんな?」
「指スマわかるよね?」
「わかる!俺、それ得意だよ」
「嘘!自分で提案しときながら…」
焦ってるところも可愛いな……。
――って、俺、今何考えてんだ。
いつも思ってる『幼馴染としての可愛さ』とは、
何かが決定的に違う気がする。
胸の奥が妙に熱くて、なんだか調子が狂う。
「やろうか」
ゲームを始めようとしたら、
未依沙から提案があった。
「ただゲームするだけじゃ、つまんないでしょ?だから、勝った方が一つ願い事ができるのにしようよ」
願い事!? え、えーっと……何がいいだろう……
「未依沙にしてほしいこと、なんて急に言われても思い浮かばないな…」
「わたしに何をして欲しい?」
あ…そうだ!
とっさに浮かんだのは、
お弁当を作ってもらうことだった。
高校の時、お弁当を作ってくれたことを
ふと思い出したから。
何であのシーンが急に出てきたんだ…
なんだか、急に恥ずかしくなってきた…
自分のパッとでた望みにビックリしていたら、
未依沙が俺の様子を察知していた。
「あれ?かげちゃん、どうしたの?固まってるよ?何か、変なこと考えてた?」
いたずらっぽく聞いてくる未依沙の発言に、
ますます恥ずかしくなってしまう。
「いや、そんなんじゃないから」
「じゃあ、何思いついたの?わたしにしてほしいこと」
(考え込んでるかげちゃん、可愛いな〜)
(どんな願い事を言うんだろう…気になる)
未依沙が覗き込んでくる。
何か、顔が近くないか…
緊張してドギマギしてしまう。
「未依沙の願い事はなに?」
「わたしはね、かげちゃんにおんぶして欲しい」
「え?おんぶ?!」
想像の斜め上をいく返答に、
俺はビックリしてしまった。
「うん、久しぶりにしてほしいなって」
久しぶりに…?
この言葉に引っかかったけれど、
俺も願い事を決めなきゃと必死に巡らせた。
「もし願い事が浮かばなかったら、わたしが恥ずかしいことを言うとかでもいいよ?罰ゲームっぽい感じで」
「わかった。そうしよ」
「よし!指スマは3回勝負ね」
「了解」
俺たちはソファに横に並んで座った。
未依沙の位置どりにドキッとする。
膝がぶつかってるじゃん!
少し緊張しながらも、互いに向かい合った。
「じゃあ、まずじゃんけんで先攻決めよ」
「オッケー。最初はグーじゃんけんぽん」
勝ったのは未依沙だった。
「それじゃあ、わたしから行くね。指スマ2っ!」
久しぶりだったけど、
こういうのやっぱり楽しい。
小さい頃、よくなってたな〜と
懐かしい気持ちになる。
2対2となり、二人して夢中になっていた。
「指スマ3っ」
笑い合いながら指を上げた瞬間、
ふと目が合った。
一瞬、音が遠のいたように感じた。
未依沙の瞳の中に、
俺の顔が映っているのが見えて、
あまりの距離の近さに心臓が跳ねた。
ブワっと自分の顔が赤くなるのを感じる。
互いに照れ笑いをしてゲームが一時中断となる。
「久しぶりにすると楽しいね」
(はぁ、おでこがぶつかるかと思った)
(すっごくドキドキした…)
未依沙の優しい声に心が和らぐ気がした。
微笑む優しい瞳から目が離せなくて…
吸い込まれるような不思議な感覚になった。
その後の勝負は、実はあまり覚えてなくて…
俺は負けてしまった。
「やった〜!わたしの勝ち!」
ニコニコでご機嫌な未依沙の
願いを叶える時間になった。
後ろを向いて少し屈むと、
未依沙に肩をぐっと押さえつけられた。
「かげちゃん、もっと低くなって」
(屈むくらいじゃ、高すぎて…)
(かげちゃん、男の人だなってドキッとする…)
完全にしゃがむ形になり、
おんぶを待つ。
なかなか来ないのはなぜだ…?
この待ってる時間に緊張が高まっていく。
「未依沙?」
後ろを振り向いて様子を見ようとしたタイミングが、
ちょうど未依沙がおんぶしてきた時だった。
後ろから、未依沙の柔らかい体温が
背中にふわりと預けられる。
と同時に、女の子らしい甘い香りが
鼻先をかすめて、今にも当たりそうな横顔に
俺は体勢を崩しそうになった。
「ちょっ!なかなかおんぶに来ないから、どうしたのかと思ったよ」
至近距離ではにかむ未依沙の破壊力に、
頭がどうにかなりそうだった。
うまく誤魔化せたか…?
「いや、なんかね、かげちゃんの背中が大きくて…急に緊張しちゃって…」
(かげちゃん、急に後ろを向くんだから、ビックリしたぁ…)
(ドキドキしっぱなしだよ〜…)
「てか、未依沙めっちゃ軽くない?ちゃんと食べてる?」
部活で男とばっかり筋トレしてるからか…?
未依沙がめっちゃ軽く感じる。
「ちゃんと食べてるよ〜。かげちゃんが力持ちになったんだよ。…初めておんぶしてくれた時、わたしの方が背が大きかったのにね」
(かげちゃんは覚えてるかな…?)
ボソッと最後に呟いた未依沙の一言に、
一瞬時が止まったかのように感じた。
「…え?俺、未依沙のことおんぶしたことあるっけ?」
ん?いつだ?
未依沙の方が背が高いってことは
小学生の頃だよな…
頭の中で記憶を一生懸命に辿っていくけれど、
わからなかった。
「あるよ。えへへ。」
(やっぱり覚えてないか。でも、いいもん、わたしの大切な思い出だから)
未依沙を降ろして振り返ると、
未依沙が真後ろに立っていた。
ぶつかりそうなくらい近くて、
心臓が大きな音を立てる。
どうしたんだ、俺…
今日、未依沙に対して
ドキドキしすぎじゃないか…
俺の鼓動がうるさい。
「おんぶありがとう。ゲーム、すごく楽しかった。またしよう?」
至近距離の上目遣いの破壊力が…
まだ好きでいるねと未依沙に宣言されてから、
俺、意識しすぎじゃないか…
「またゲームするの?」
どちらからともなく笑い合った。
空気がやわらかくて、でも少しくすぐったい。
もう少しこの時間が続けばいいのに、
って思った。
帰り道、さっきの未依沙の笑顔が何度も浮かんで、
胸の奥がじんわり熱くなった。
「……なんだ、これ。」
自分の中で、知らない何かが
静かに動き出している気がした。




