8-9. 返事のない夕暮れ
(*未依沙視点)
接戦を制し、勝利したのは至誠館大学だった。
観客たちの熱気のこもる体育館をあとに、
わたしはかげちゃんと一緒に歩き出す。
まさか、このタイミングで
二人きりになれるなんて。
思いがけない展開に胸が高鳴った。
どこかに座って話せたらいいな――
そんなことを思いながら並木道を歩く。
(未依沙から一緒に帰ろうと誘ってくれるなんて)
(緊張している俺の横には、いつも通りの未依沙がいる)
(どうしてだろう、未依沙の存在は、いつも眩しい)
人通りの少ない場所に、
小さなベンチがあった。
夕陽が木々の隙間からこぼれている。
「かげちゃん、少しだけここでお話ししてもいい?」
(急にどうしたんだ…?)
(今日は、予想外のことが多い日だな)
「もちろん。どうした?」
試合の疲れも見せずに微笑むその顔。
胸の奥がきゅっと鳴った。
――好き。愛しい。
想いは今にもこぼれそうで、
手のひらが熱くなる。
二人で腰を下ろし、
私は笑顔を作って口を開いた。
「今日の試合、勝ったね。おめでとう。本当にすごい試合だったね 」
「ありがとう。いや、かなり厳しい試合だったよ」
かげちゃんが笑う。
試合後の汗もそのままに、
あの優しい目を向けてくれる。
試合のあとに私と時間を過ごしてくれるのは、
特別だから? それとも、ただ優しいだけ?
(未依沙が応援に来てくれた試合で、勝ててよかった)
「かげちゃんがどんな時もボールを見失わず、みんなのためにトスを上げてたからだよ」
何千回、何万回とボールを
送り出してきたんだろう…
少し節くれだった、男の子らしい大きな指先。
――気づけば、視線が吸い寄せられていた。
思わず、触れたくなった。
「この手でトスをあげてるんだね」
思考より先に、
両手でその手を包んでいた。
心臓が跳ねて、顔が熱を帯びる。
(わぁ、びっくりした。未依沙から手に触れてくるなんて。俺、変な反応してないよな?)
「そ、そうだよ…」
その手の温もりに、胸の奥が溶ける。
もう、ダメだ。
あふれそうな気持ちが言葉になった。
「……好き」
……
「ん? 俺のプレーがってこと……?」
(…だよな? 勘違いすんな、俺)
「それもそうなんだけど――」
一呼吸おいてかげちゃんと瞳を合わせる。
「……かげちゃんが好きなの」
風が止まった。
(今、俺のことが好きって……言った?)
「未依沙が……俺のことを?」
「……うん」
彼の目に浮かんだのは、驚きと戸惑い。
「そんな……俺なんか、未依沙に釣り合わないだろ…」
その言葉が胸を刺す。
まるで拒絶されたみたいで、呼吸が詰まった。
「かげちゃんがそう思っても、わたしは好きなの。もう、止められないの」
涙が頬を伝う。
どうしてこんなに苦しいんだろう。
(未依沙が泣いてる……。そんな顔、見たくない)
かげちゃんが大きな左手をそっと伸ばして、
親指の腹でわたしの頬を伝う涙を
優しく拭ってくれた。
その優しささえ、胸に痛いほど響く。
「未依沙の気持ちは、すごく嬉しいんだけど……」
――やめて。
これ以上、聞きたくない。
「俺なんかが未依沙に告白されるなんて、信じられなくて……」
(はぁ、頭の中がぐちゃぐちゃだ。予想外のことすぎていっぱいいっぱいだ)
「わたし、ずっとかげちゃんだけ見てたの…」
沈黙。
風が木々の間を抜けていく音だけが残る。
「あ、ありがとう。……でも、ごめん。今、この場で返事はできない」
(未依沙の気持ちに、すぐ応えられない。中途半端なまま返すのは、違う)
その言葉が遠くで響くように聞こえた。
――振られたんだ、わたし…
一人きりの部屋に戻った瞬間、
冷たい現実が一気に押し寄せた。
枕に顔を押し当てても、
涙の止め方なんて、
どうしても思い出せなかった。




