格好いい夫への道のりは険しい
「ジルベル! ジルベル、いますか!?」
沈黙を裂くように、バタバタと騒々しい足音が響き、客間の扉が手荒に叩かれた。
声は、陛下の補佐官で、学園時代からの友人のものだ。
ジルベルはすぐさま、陛下の腰に手を回して盾になる体勢を取る。
陛下の許可を得て騎士が扉を開けると、飛び込んできた友人は汗だくだった。
「ジルベル、奥方が倒れられました」
「…………」
一瞬で、頭が真っ白になった。医務室、とか、意識は、とか言っているが、何も耳に入ってこない。
我に返ったのは、固く腰に回した大きな手を、友がぽんぽんと叩いたから。
「意識は戻った、命に別状はない。医務室にいるそうだ」
「……」
「ジル、行っておいで」
その声で、いつかのように、ジルベルは全速力で走り出した。
行く先々で、駆ける巨体を見つけた官吏や侍女、メイドが『ご無事ですよ!』『大丈夫ですからね!』『落ち着いてくださいね!』と声をかけてくれる。
────ルシェ。リルーシェ、ルシェ……!
心の中はもう妻一色で、先ほどの怒りなんかもう彼方に吹っ飛んだ。
とにかく急いでたどり着いた医務室で、リルーシェはベッドに上体を起こしていて、駆け込んだジルベルに目を丸くした。
大好きな琥珀色が、ほんわりと微笑む。
「まあ、ジル。来てくれたのね。心配かけてごめんなさい」
「いいよ、そんなの全然いい、ルシェ、どうしたの、何があったの、ああ顔色がよくないね」
小さな顔は少し青白く、唇もいつもより色が薄い。ああ、でも笑っている。動いている。けど、どうして。
心配で心配で、もうどうしようもなくなりながら、ジルベルは微笑む妻の顔や髪をあちこち撫でた。
くすくす笑うリルーシェが、ジル、と冷えてしまった手を握る。
ぬくもりを分けるように、華奢な指が包む。
「ジル、驚かないで聞いてね。いえ、やっぱり驚いてほしい気もするわ」
「もう驚いてるよ……」
「ふふ。あのね、ジル。愛しい旦那様。わたくしたちの元に、宝物が来てくれましたよ」
たからもの。宝物? ルシェ以外の?
数秒の後。理解したジルベルは、まだ薄いお腹と妻の顔を何度も見比べて、ほんのわずかの声も出せなかった。
代わりに、どばどばと涙だけが溢れる。
ああ、だって、どうしよう、ルシェ、きみは本当に、なんてことだ。
今だってこんなに幸せなのに、これ以上の幸福を与えてくれるのか。
奇跡なんか、そうそうあるもんじゃない。だというのに、そんなに素晴らしいものを、この手にくれるというのか。
泣いて泣いて、もう嗚咽すら漏らすジルベルの頭を、最愛が抱きしめる。ああ、あの時もこうだった。
ジルベルは幸せだとすぐに泣けてしまって、いつだってリルーシェが受け止めてくれる。もっとかっこよくいたいのに。
入り口の外が、わあっと華やいだのも聞こえない。
ただひたすら、ひたすら、目の前の人が愛おしくて。宿った命が尊くて。世界すらも輝くほど。
「……ありがとう。ルシェ」
こんなにも幸福を叫べるのは、リルーシェがいつも確かな想いを伝えてくれるからだ。
彼女が与えてくれるものが、ジルベルの心を生かしている。
なんとか伸ばした腕で、あたたかいひだまりを包み込む。
このぬくもりがあるだけで、ジルベルは最強にも冷酷にも慈悲深くもなれる。
「僕と婚姻してくれてありがとう。ルシェ、愛してるよ」
「まあ。わたくしの方こそ、どうもありがとう。あなたに負けないくらい愛してるわ」
うん、知ってる。
知っていると、躊躇いなく言える幸福がまた滴を呼んで、ジルベルは柔らかいミルクティー色に顔を埋めた。
第二章はここまでとなります。後日談などは改めて更新します。
お粗末様でございましたm(*_ _)m




