視力2.0は堅いはず
あらかじめ指示していた通り、騎士がもわもわと湯気立つ桶を持って近づいて来る。
ジルベルは、最初から今まで一度も口を開かず震えている女生徒を立たせ、二人まとめて湯をかぶった。
一応、床などにはそれなりの備えはしてある。
飛び上がって驚く女生徒の肩には、脱いでおいた上着をかけてあげた。透けるからね。
まあ、人にいきなり湯をぶっかけるなんて、というクレームは甘んじて受け付けよう。
ギリギリかぶれるくらいの高温の湯に溶けた染料が、ジルベルと女生徒の服や顔に流れた。
唖然とする周囲に向け、淡い金髪に戻ったジルベルは微笑んだ。
「この通りです」
「は……」
隣を見れば、女生徒の髪は前ロリィネ侯爵と同じ白に近い淡橙。
そうだね。髪色は薄ければ薄いほど、濃い色が乗る。
「湯浴みさせてあげて」
控えていた女性部下に女生徒を預けて、ぽたぽた垂れる服の水を絞りつつ、ジルベルは続けた。
「学園に行った時、ほんの少しですが、生え際の色が違うように見えたのです。こまめに塗ってはいたのでしょうが、髪は伸びますし、そもそもムラなく染めるのは難しい。綻びを見つけるのはそう難しくはありません」
うっすらとした既視感のお陰で気づけたことだ。
耳の周囲や後頭部など、素人が染める際に難易度の高い箇所があるのも知っていた。
「部下たちが染料の種類を突き止めてくれたので、実際に試してみたのです」
「……副監理長官自らか」
「ええ、湯をかけられては部下が可哀想でしょう」
女の子にかけるのはいいのかって? いいんじゃないかな、別に。
わざわざ彼女を呼んだのはこのためだ。事実を先に突きつけて、確認までの間に下手な細工でもされては手間なので。
王家を謀らんとした。
それが自分の意思だろうとそうでなかろうと、彼女がしたのは事実そういうことだ。
一緒にかぶったんだから、咎めはないかなという思惑もある。
一応、これでも筆頭侯爵家の次期当主なもので。
「ということで、髪色についても、事実は見ての通りです」
「…………承知した。公爵ら、他に言いたいことはあるか」
むっすりと黙り込んだ公爵と前ロリィネ侯爵に、陛下はため息混じりに場の終了を告げた。
お二人はこのまま王宮に留め置かれ、屋敷や周辺に調査が入ることとなる。
「おまえも湯浴みをしろ。客間を空ける」
「ありがとうございます」
怒っているのか、と聞かれて、ジルベルはきょとりと首を傾げた。
湯浴みから上がったら、客間に陛下と護衛騎士たちが待っていて、開口一番問われたのだが。
「怒っているように見えますか?」
ちら、と騎士たちを見れば、少々顔色が悪い。陛下もなぜか心配そうだ。
「そんなつもりはありませんでしたが……」
「ジルは、自分の負の感情に鈍いからな」
そうだろうか。強く怒ることは、確かにあまりないが。
……ああ、でも。
「そうですね。ちょっと、怒っているかもしれません」
ふつふつと、静かに胸の奥で低い温度で滾る、息の長い熱がある気がする。言われてやっと自覚したけど。
うっすら口端を上げて、ジルベルは目を伏せた。
「たかだかあの程度を、並べようなんてするから」
国を統べる麗しい漆黒と、ただ塗りつぶしただけの黒を。
「恥知らずにも程がある」
王族に近しい者ほど、一目で違いに気づいただろう。だから、若者の噂はただの噂で終わろうとしていた。
愚か者が、王族の後継という恐れ多い事象に口出しさえしなければ、こんなくだらない茶番はやらずに済んだ。
新緑を眇め、大きく上下した肩を、友が柔らかく叩いた。




