たぶん悪魔の愛弟子
ゆったりとした口調で、しかし重い声音が事実を淡々と告げる。
「複数人、同性の恋人はいらしたようです。なお、うち一人が……」
「ま、待て! 誰が私の調査をせよと言った!?」
長官の言葉を遮り、公爵が立ち上がる。
痩せた身体が震えていて、転倒が気がかりだ。ジルベルは騎士に目配せし、近くに控えさせた。
「関連事項はすべて調査せよと、陛下のご命令です。なお、恋仲であった中に前ロリィネ侯爵もおり、また……」
「おい、待て!」
「また、前ロリィネ侯爵には奥方と公爵の他に女性の恋人が複数おり、その……」
「待てと言うのに!!」
長官はいつも、ジルベルをまるで悪魔の申し子のように言うけれど、この状況で普通に報告を続ける長官もなかなかだと思う。勉強になります。
「長官、簡潔に」
「その養女は前ロリィネ侯爵の庶子です」
陛下の指示に、長官が一息でまとめた。
この結論に至るまで、監理部は膨大な時間と労力を消費したのだ。
記録を読むだけじゃなく、部下たちは情報収集と裏づけに駆け回った。後でたくさん労おう。
つまり、
・公爵と前ロリィネ侯爵は長年の恋仲。
・前ロリィネ侯爵は、妻と公爵の他に多数の愛人あり。
・愛人に子供ができたため、公爵の伝手で愛人と子供を保護、養育。
・愛人が亡くなり、子供を公爵の養子に。
・養子は学園入学、王家とのつながりを婉曲に主張。
という流れ。
内情や憶測をすべて省いた事実を羅列すると、こうなる。
突っ込みは不在だ。監査部は事実しか調べないので。
罪状やら何やらを考えるのは、また別の話。今日は事実確認の場だから。
ちなみに、妃殿下に『婚姻後三年も世継ぎがないなら紹介の用意がある』などと嘯いていたのも証言を得られた。
何を、とはっきり言わないところが実に貴族的だ。
一覧にした用紙を全員に配り、目を通し終えたタイミングで長官が陛下に向き直る。ジルベルも席を立って倣った。
「以上が、監理部による事実の提示となります。裏づけに関しても、詳細を提出済みです」
「ご苦労だった。多忙な中、よくやってくれた」
深く頭を下げ、席に戻る。
わなわなと震えるご老体二人は、長官とジルベルを親の仇のごとく睨みつけた。
「この髪色はどう証明する!? 黒は王家の色だ!」
前ロリィネ侯爵が吠える。
確かに、髪は真黒に近い。顔立ちも凜々しくて、愛らしいというより美人。でも、瞳は焦げ茶色だ。
「髪色くらい、染料があれば変えられるでしょう?」
にこ、と微笑むと、全員の視線がこちらを向いた。
なぜかこの世界では、髪を染めるという発想自体が浸透していないのだけれど、ジルベルは違う。
ほわほわと揺れる自分の髪を摘んで、首を傾げる。
「これ、いつもと違うのですが、わかりますか?」
「……そういえば、少々濃いか?」
隣にいた長官が、まじまじと見ながら言う。
そうそう、照明のお陰もあるけど、今日のジルベルは茶髪だ。堂々としていれば、案外バレない。
「最近、我が国に輸入されるようになった染料の中に、爪や石などの硬い素材に使用するものがあるのです。表面に塗って使用するのですが、水では落ちません」
だから、雨が降っても汗をかいても落ちない。
「……どうやって落とすのだ」
美しい漆黒の王に、ジルベルはゆったりと微笑んだ。




