表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

84/85

平和を燃やす火

辺境の地下市場は、昼でも暗い。


暗いのは、灯りが弱いからじゃない。

声が弱いからだ。


声が弱い場所には、決意だけが残る。


寝床がある。

毛布の代わりに古い外套。

研いだ刃。

水袋。

乾いた干し肉。

塩。

包帯の端切れ。


市場の“売り物”と、兵站の“備え”が、同じ箱に入っている。


ここでは、生活と戦争の境目が薄い。

薄いからこそ、混ざれる。


主戦派は、その薄さに紛れて集まる。


魔族だけじゃない。

人間だけでもない。

プレイヤーがいる。

NPCがいる。

そして、どちらにも属さない“協力者”がいる。


彼らは、同じ言葉を使わない。

同じ旗も掲げない。


それでも、同じ“絵”を見る。


講和記念セレモニー。


緩衝地帯。

評議所の前。

共同管理の象徴になる場所。


魔王アズール=ノアと、人間国の王が並ぶ。

会談をする。

握手をする。

同じ空気を吸う。


それを見せれば、“平和”が成立したことになる。


成立してしまえば――戦争は、もう“コンテンツ”ではいられない。


主戦派の欲しいものは、勝利じゃない。

戦争そのものだ。


派手な戦争。

単純な戦争。

剣を抜けば、敵がいる戦争。

倒せば、数字が増える戦争。


それが奪われた。


奪われたと思うと、奪い返したくなる。


だから、狙う。


狙うのは“会談”だ。

象徴を、汚す。

象徴の場で、血を出す。


血が出れば、誰かが叫ぶ。

叫べば、誰かが抜く。

抜けば、誰かが倒れる。


危ういバランスの上に載っていた対立感情は、そこで爆発する。

爆発すれば、講和はただの“事故”になる。


事故なら、戦争は戻る。


作戦は、単純に見えて厄介だった。


魔族側が、人間国の王を狙う。

人間側の協力者が、魔王を狙う。


双方が“相手にやられた”と信じられる形。


擦り付けではない。

“成立”だ。

成立してしまえば、誰も止められない。


地下市場の奥で、ひとりの魔族が静かに立っていた。


紅い肌。

鉄の匂い。

血の色が、生まれつき皮膚に染みついたみたいな赤。


名は、カルマイン。


元将軍。


将軍は表に出ない。

出れば、狩られる。

出れば、計画は潰れる。


だから、待つ。

待つことで、人が集まる。

それは戦場の技術だ。


カルマインは言葉を選ばない。

選ばない代わりに、短い。

短い言葉は、刺さる。


「セレモニーがある」


誰かが唾を飲む。


「そこで、終わらせる」


終わらせる。

講和を。

融和を。

“戻れない世界”を。


その言葉に、プレイヤーの目が光った。

光り方が、戦場のそれだ。

勝ちたい光じゃない。

燃やしたい光だ。


「どうやる?」


誰かが聞く。

聞く声が、若い。


カルマインは答えない。

答えないまま、箱を指で叩いた。


箱の中には、札がある。

黒い札。

評議所の札ではない。

通行札でもない。


覚悟の印。

戻れない側へ踏み込んだ者の印。


カルマインは札を一枚、滑らせた。

受け取った者の指が震える。

怖いからじゃない。

嬉しいからだ。


「役割を分ける」


やっと言葉が出る。

それだけ。


魔族が王を狙う。

人間の協力者が魔王を狙う。

観客は混乱する。

護衛は誤爆する。

誰かが“先に抜く”。


一度、先に抜けば、あとは雪崩だ。


カルマインの視線が、遠くを見る。

緩衝地帯。

評議所。

セレモニー。


そこに立つのは、アズール=ノア。


――アズール。


魔王は、講和を選んだ。

戦争を終わらせるために。

国を作るために。

生活を戻すために。


カルマインは、その選択を“裏切り”とは呼ばない。

呼ばないからこそ、余計に憎い。


アズールは“魔王”の物語を取り戻した。

ナラティブが、設定を返した。


だが、カルマインは違う。


カルマインは、上書きのために生まれた。


アズールに戦争をさせるため。

戦争の熱を保つため。

前線を回すため。


運営が求めた“魔王”のパーツ。

損じ役。

憎まれ役。

燃料。


戦争が終われば、カルマインの居場所も終わる。

終われば、カルマインは“ただの追加設定”になる。


それは、死ぬより嫌だった。


だからカルマインは、戦争を選ぶ。

自分の存在理由を、戦争で固定する。


この戦いは、アズールとカルマインの戦いでもある。


“講和を選んだ魔王”と、

“戦争のために生まれた将軍”。


どちらが、この世界の“本物”か。


決着は、セレモニーでつく。


カルマインは、最後に一言だけ言った。


「止まれる側に回れ」


勢いで突っ込むな。

余計なことを喋るな。

合図が出るまで、抜くな。


札を受け取った者たちが、黙って頷く。

頷き方が揃っていく。


市場が、市場じゃなくなる。

寝床が、待機所になる。

物資が、弾になる。


軍が、ここで生まれた。


外の風が、石段をなぞって降りてくる。

湿った空気の中で、誰かが小さく笑った。


笑いは短い。

短い笑いは、決意に似る。


講和記念セレモニーまで、あと少し。


火は、準備されている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ