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レイドバトル

前線の“攻略コンテンツ”は、戦争だ。


魔族との戦争。

国境線に沿って広がる大平原。

砦跡。塹壕。焼けた森。

そこに、プレイヤーの群れが集まる。


普通のダンジョン攻略と違って、入口はない。

ボス部屋もない。

代わりにあるのは、戦線だ。


押す。

守る。

崩す。

奪い返す。


戦線が動くたびに、報酬が動く。

討伐ポイント。

物資の優先配給。

前線の称号。

そして、レイド専用の素材。


だから人が来る。

来るから派手になる。

派手だから――ここは前線になる。


空が低かった。

雲が厚くて、光が平たく散る。

その分だけ、火の色が目立つ。


魔法の光。

爆炎。

雷。

氷の槍。


遠目には祭りだ。

近づけば、息が苦い。

焼けた草と、鉄と、血の匂いが混ざっている。


「来たぞ、来たぞ……!」


前線のプレイヤーが声を張り上げた。

視線の先。

地平の線が、揺れる。


魔族の軍勢が、押し寄せてくる。

旗がある。

紋章がある。

角のある兜。

黒い鎧。

背の高い影。


モンスターの群れじゃない。

陣形だ。

隊列だ。

盾が前に出て、槍が覗いて、後ろに術師が並ぶ。


戦争の動きだ。


――魔族側。


将軍は、砦跡の斜面に立っていた。

背後に旗。

前に、平原。


自分の軍勢が、地形に沿って流れていく。

盾兵が前へ。

槍兵が間を埋める。

術師が後ろで距離を取り、詠唱を回す。


整然としている。


整然としているのに、相手が揃っていない。


人間の兵は、規律で並ぶ。

だが、あれは規律じゃない。

数。

色。

光。

散って、寄って、また散る。


戦場を“遊び”として扱う連中。

それが、将軍の理解だ。


理解できないのは、その回復だ。


倒れたはずの兵が、白い光で立ち上がる。

裂けたはずの隊列が、すぐに埋まる。

恐怖で退く代わりに、歓声で前へ出る。


まるで、死が軽い。


将軍は、部下へ合図を出す。


「第一列、押し返せ。槍を折るな。突き、止めろ」


殺しきる必要はない。

前線は“奪う”場所だ。

踏ませない。

下げさせる。

それでいい。


「術師。氷柱で裂け目を作れ。裂けた所へ、騎兵を入れろ」


命令は短い。

短いほど、戦場では強い。


「……将軍。敵の動きが、以前と違います」


副官が、目を細めた。


「分かっている」


将軍も気づいている。

敵が、こちらを“敵”としてだけ見ていない。

背後を気にする。

味方同士で怒鳴る。

一瞬の迷いが、刃の遅れになる。


戦争の“外”で何かが起きている。

だが、戦場では関係ない。

関係ないはずだ。


将軍は、杖を掲げる術師隊を見た。


冷えが走る。

冷えが先に来て、遅れて氷が来る。


大地から氷柱が突き上がった。

透明じゃない。

白い。濁っている。

獣の牙みたいに、並んで伸びる。


裂け目ができる。


「騎兵、入れ」


黒い影が走る。

蹄が土を抉り、土煙が濁った幕になる。


――プレイヤー側。


プレイヤー側も、同じように形を作る。

盾役が前に出る。

ヒーラーが後ろで距離を取る。

弓と銃が間合いを決める。


誰かが指揮をしているわけじゃない。

でも、ここまで来ると身体が覚える。

何度も死んで、何度も戻って、最適化してきた動き。


……それが、最近は少しずつ崩れている。


隣のプレイヤーが、いきなり横へずれる。

前に出るはずの盾が、後ろを気にする。

声が、強くなる。


NPCが人間みたいに動き始めてから、戦場の“変数”が増えた。

それでも今日は、戦争だ。

戦争は、雑音ごと飲み込んで進む。


第一波がぶつかった。


盾と盾が当たる音が、鈍く腹に響く。

金属の擦れる音が、歯の裏をざらつかせる。


槍が突き出される。

それを弾く。

弾いた隙間に、魔法が落ちる。


爆炎が咲いた。

赤い花みたいに一瞬で開いて、次の瞬間には黒い煙になる。


「ヒール、前! 前!」


白い光が走る。

光の筋が、倒れかけた盾役の背を引き上げる。


前に出た剣士が、踏み込んだ。

斬撃が弧を描き、魔族の盾兵の腕ごと削る。

腕が落ちる――のではなく、ゲームの判定が火花になって散る。


現実より軽い。

でも、軽い分だけ速い。

速い分だけ、危ない。


雷が落ちた。


空からじゃない。

術師の杖から、一直線に。

青白い線が地面を舐めて、前列の足を止める。


その瞬間に、魔族の騎兵が突っ込んでくる。

黒い馬。

いや、馬の形をした何か。

蹄が土を抉り、土煙が濁った幕になる。


「散れ!」


声が飛ぶ。

散る。

散って、穴を開ける。

穴に、槍を刺す。


槍が騎兵の胸を貫く。

貫いた手応えが、指に残る。

騎兵の身体がほどけるように崩れて、粒子になって消える。


報酬の通知が、視界の端に一瞬だけ走る。


戦争は、派手だ。


派手さは、酔う。

酔うから、前に出る。

前に出るから、死ぬ。

死ぬから、また戻る。


それでも人は来る。


次の波。

魔族の術師が、手を掲げた。


空気が冷える。

冷えが先に来て、遅れて氷が来る。


大地から氷柱が突き上がった。

透明じゃない。

白い。濁っている。

獣の牙みたいに、並んで伸びる。


前列が裂ける。

裂けたところに、魔族の歩兵が滑り込む。

盾の隙間に刃が入る。


「戻れ、戻れ!」


後ろの弓が、一斉に射た。

矢が雨になる。

雨が魔族の列に刺さって、刺さったところから黒い煙が上がる。


そこへ、火球が飛ぶ。

火球の尾が赤い線を引いて、衝突と同時に音が割れた。


ドン、じゃない。

もっと乾いている。

骨の中が震える感じ。


視界が一瞬だけ白くなる。

白が消えると、そこに穴が空いている。


「今だ、押せ!」


押す。

押す時だけ、世界が単純になる。


剣。

盾。

回復。

火力。


その単純さが、前線の麻薬だ。


だからこそ――不意に来る“変化”が、怖い。


その時だった。


戦場の奥から、音がした。


鈍い音。

金属を叩く音じゃない。

石の中まで響くような、重い音。


ゴォォン。


鉦。

停戦の鉦だ。


音は一回じゃない。

二回、三回。

間を置いて、繰り返す。


ゴォォン。


戦場の派手さが、そこで一瞬だけ“止まる”。


止まるのは、刃じゃない。

魔法も完全には止まらない。

でも、人の呼吸が止まる。

次の一歩が遅れる。


「……何だ?」

「イベント?」

「嘘だろ、今――停戦?」


前線の空気が、ざわつく。


魔族の列も、動きを変えた。

盾が下がる。

槍が少し引かれる。

術師が詠唱を切る。


――魔族側。


将軍の耳にも、鉦は届いた。


ゴォォン。


戦場の外側から来る合図だ。

軍の太鼓でも、角笛でもない。

“停戦”。


将軍は、反射で次の命令を出しかけて、止めた。


止めたのは恐怖じゃない。

判断だ。


ここで押し込めば、勝てる局面だ。

裂け目がある。

騎兵が入った。

敵が散った。


それでも、鉦が鳴る。


「……誰の命令だ」


副官が、喉を鳴らした。


「本陣からです。

“交渉が始まった”。

武器を下ろせ、と」


交渉。


将軍は、前線の土を見た。

そこに倒れているのは、味方だ。

倒れているのに、敵は立ち上がってくる。

立ち上がって、また笑って前へ出る。


そんな相手と、交渉。


言葉が、届くのか。

届く前に、刃が先に届くんじゃないのか。


将軍は、旗の揺れを見た。

止まれと言って止まれる兵はいる。

止まった瞬間を狙われる兵もいる。


「……前列、盾を下げるな」


止まれ、とは言わない。

下げろ、とも言わない。


「術師。詠唱は切れ。だが、構えは解くな」


停戦に従う。

だが、死にに行かない。


将軍は、平原の向こう側を見た。

あの光の群れ。

あの派手な戦争の中で、止まれるのか。


止まれないなら――停戦は、ただの合図になる。

合図は、弱い者から折れる。


将軍の胸に、戸惑いが残った。


戦争が、喋り始める。


それは、勝ち負けよりも厄介な匂いがした。


国境付近は、ただでさえピリつく。

誤爆が起きる。

挑発が起きる。

PKが起きる。


その上で、停戦の鉦だ。


止まれと言われて、止まれない連中がいる。

止まった瞬間を狙う連中もいる。


前線の誰もが、相手の次の動きを読もうとしている。


派手な戦闘の光が、まだ残像で網膜に残っている。

耳の奥で爆音が鳴り続けている。


それでも、鉦の音だけは消えない。


ゴォォン。


戦争が、喋り始める。


そんな気配がした。

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