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最前線

前線は、遅くなった。


遅くなったのは、敵が強いからじゃない。


人が“人”になったからだ。


ナラティブジョブ。

NPCが隣人みたいに動き始めて、プレイヤーもそれを隣人として扱い始めた。

街の掲示板が増え、荷車の順番が決まり、森の入口に案内板が立つ。


良いことだ。


ただ、良いことは――攻略の邪魔になる。


最短で走るには、止まるべき場所で止まらない方が早い。

荷車が通る道を横切らない方が早い。

NPCの護衛を巻き込まない方が早い。


でも、今はそれができない。


NPCが道に立つ。

立つ理由がある。

プレイヤーがそれを無視しにくい空気がある。


“効率最優先の攻略”は、世界の端に追いやられ始めていた。


ベイル・キーパーズのリーダー、カイトは、前線の地図を見ながら息を吐いた。


「……遅いな」


遅い、と言ったのは苛立ちじゃない。

確認だ。

いまの遅さは、どの種類の遅さか。

事故の匂いがある遅さか。

ただの混雑か。


背後で、仲間が肩をすくめた。


「道が一本増えたら、その分だけ“止まる理由”も増えるってことか」


前線組の空気は割れている。


バトルだけをやりたい連中は、苛ついている。

「勝てるのに、勝たせてもらえない」

そういう顔だ。


一方で、同じ前線にいても、楽しめる連中は楽しんでいる。

勝つだけが遊びじゃない。

世界が動くのを見て、そこに自分の役割を作れるタイプ。


ベイル・キーパーズは後者寄りだ。


勝ちに行くためじゃない。

終わらせるために動く。

燃える前に消す。


ただ、今週は――火種の匂いが濃かった。


フィールドに出始めたNPCがいる。

騎士団の小隊。

物資輸送の護衛。

街道の補修班。


彼らは“外”に出るようになった。

外に出ると、当然、襲われる。


襲うのはモンスターだけじゃない。


プレイヤーだ。


最近、手口が出始めた。


まず一つ。

モンスターをNPCに押し付ける。

押し付けて、NPCが戦っている間に荷を抜く。

抜いて、逃げる。


ついでに、護衛に来たプレイヤーからも奪う。


“強盗”だ。


そしてもう一つ。

ここから世界が、さらに厄介になる。


レッドネーム側にも、NPCがいる。


“仲間”として付いてくるNPC。

雇われた護衛みたいな顔で、荷を持つNPC。

あるいは、口を挟むだけの案内役。


今のNPCは、もう背景じゃない。

だから、悪いことにも巻き込まれる。

巻き込まれるだけじゃない。

自分の意思で、悪い側に立つ奴も出る。


カイトはそれを聞いた時、背中が冷えた。


世界のカオス具合が、一段上がる。


それは“戦争”じゃない。

もっと嫌なやつだ。

生活の中に、悪意が混ざるやつ。


ただし、仕様がある。


NPCは、直接キルできない。


やれないようになっている。

剣を振っても、最後の一線で止まる。

事故死に見せる仕組みも、だいたい塞がれている。


だから、レッドネームはやり方を変える。


“擦り付け”だ。


モンスターを引っ張ってくる。

NPCが逃げる方向へ追い込む。

NPCの護衛線を崩す。


そして、モンスターに殺させる。


自分の手は汚れない。

ログ上は、モンスターの事故。

現場は瓦解。

荷が散る。

散った荷を、拾う。


擦り付けは、早い。

早いから、止めにくい。


カイトはそれを、言葉にするときに少しだけ嫌な顔をした。


「……前線が荒れると、だいたいこうなる」


前線の苛立ちは、弱い場所へ流れる。

弱い場所とは、NPCだ。

そして、初心者だ。


どちらも“抵抗しない”と思われる。


実際は違う。

NPCはもう、ただの的じゃない。

怖がる。怒る。逃げる。助けを呼ぶ。


助けを呼ばれたら、騎士団が動く。


騎士団が動けば、今度は“戦争ごっこ”が始まる。

それが一番まずい。


だから、ベイル・キーパーズが動く。


カイトは短く言った。


「今日はレッドネーム狩りだ。

勝ちに行くな。捕まえる。殺しきらない。逃げ道を潰す」


仲間が頷く。

声は強くない。

強くないのがいい。


現地。

街道の脇。

倒れた荷車。

散った木箱。


そこに、NPCの騎士がいた。

盾を構えて、足が震えている。

でも、逃げていない。


騎士の隣に、もう一人。

補修班のNPCが座り込んでいた。

手が震えている。

震えながら、周りを見ている。

“次”を探している目だ。


「……助かった。

彼らは“あなた方が来る”ことを読んでいた」


騎士の言葉は、ただの台詞じゃなかった。

現場の報告だ。


「誘導された?」


カイトが問うと、騎士は短く頷いた。


「はい。

森寄りの小道に、魔物が寄るように。

私たちを“ここへ”押し込むように」


罠だ。

モンスターの罠じゃない。

人間の罠。


その時、草が鳴った。


赤い名前。


二つ。

三つ。


背中に荷を背負ったまま、薄い笑いを浮かべている。


そして――その後ろに、NPCが一人いた。

腕に布を巻いて、荷車の札をぶら下げている。

顔は、平気そうだ。


「お、騎士団だけじゃなくて、犬まで来たか」


言葉が雑だ。

雑な言葉は、相手を“物”扱いする。


カイトは、そのNPCを見て、眉をひそめた。


“悪意”が、そこに立っている。


あれを、直接は切れない。

切れないから、余計に面倒になる。


レッドネームの一人が、わざと大きな声で言った。


「なぁ。こいつら、俺らに斬られるより、魔物に食われた方がマシだよな?」


モンスターが、影の奥で動く。

押し付けの準備だ。


カイトは一歩も前に出ず、盾役に合図を出した。


「囲え。切るな。

逃げ道だけ潰せ。

“擦り付け”を先に潰す」


仲間が動く。

短く。

無駄なく。


NPCの騎士団も動いた。

動き方が、前より人間に近い。

恐怖を隠して、呼吸を整えて、列を作る。


レッドネームが舌打ちした。


「ちっ……NPCのくせに、生意気なんだよ」


その一言で、カイトの中の線が一本、確定した。


こいつらは、世界を楽しんでない。

世界を壊して、快感を取っている。


ベイル・キーパーズが狩るのは、こういうやつだ。


戦いは短かった。


倒すんじゃない。

逃げ道を塞いで、足を止める。

擦り付けの導線を折る。

拘束して、騎士団へ渡す。


騎士が、倒れた荷車を見て、唇を噛んだ。


「……彼らは、あなた方が来なければ、私たちを殺していた」


カイトは首を振った。


「殺されてない。なら、まだやり直せる」


騎士は目を瞬かせた。

その反応が、もう“人”だ。


前線は遅くなる。


でも、遅くなったぶんだけ、守るべきものが増える。


守るべきものが増えたなら、

勝ち方も変えるしかない。


カイトは息を吐いて、仲間へ言った。


「前線が遅いのは、弱くなったからじゃない。

世界が生きてるからだ。

……面倒だが、悪くない」


誰かが笑った。

短い笑いだ。


その場の空気が、一段だけ軽くなる。


そしてまた、次の通報が飛ぶ。


ベイル・キーパーズは歩き出した。

今日は“攻略”じゃない。


レッドネーム狩りだ。




その夜。


運営から、アナウンスが入った。


『重要:フィールド(街の外)におけるNPCへの攻撃・撃破判定の取り扱いについて』


文章は硬い。

硬いのに、内容は重い。


『これまでフィールド上のNPCは原則として“直接キル不可”でしたが、今後は一定条件下で撃破が可能となります。』


カイトは一度、目を閉じた。

世界が、さらに一段だけ現実に寄る。


続きがある。


『これに伴い、プレイヤーのデスペナルティを従来より重く調整します。

無法な戦闘行為の抑止と、救助・撤退判断の重要性を高めるためです。』


“死んで戻ればいい”が、通じなくなる。

前線はさらに遅くなる。


その遅さは、たぶん必要な遅さだ。


最後に、レッドネーム。


『レッドネーム(犯罪者)行為に対する罰則を強化します。

罰金額を引き上げ、状況に応じて労働刑(NPC社会インフラの復旧作業等)を課します。』


カイトは短く息を吐いた。


これで“擦り付け”は減る。

だが、代わりに別の地獄が始まる。


世界が生きているなら、罰も生きる。


前線は遅いままだ。


遅いまま、進むしかない。

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