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変わりゆくこと

街は、発展していた。


発展という言葉が、久しぶりにちゃんと“いい意味”で使われている。


広場には板が増えた。

板に書かれる文字が増えた。

文字が増えても、読めるままだ。


NPCとプレイヤーが一緒に釘を数える。

荷車の順番を決める。

夜の灯りの位置を測る。


誰かが誰かを殴らない。

誰かが誰かを追い出さない。


そんな光景が、普通に続いている。


笑い声もある。

冗談も飛ぶ。

「それ、昨日も言ってたよ」

「昨日よりはマシでしょ」


そのやり取りに、余計な怒りが混ざらない。


“生きた隣人”がいる世界は、意外とこういう形で落ち着くのかもしれない。


モリはそこに、関わらない。

関わらなくても回っているなら、それが一番いい。


実際、回っていた。


水場の増設で、樽が足りなくなった日。

市場の片隅で、樽の前に立ち尽くすNPCがいた。

顔が困っている。

困った顔のまま、ちゃんと周りを見ている。


「これ……どの順番で持っていけばいいの?」


問いかけられたのは、近くにいた初心者プレイヤーだった。

その子は一拍だけ固まって、それから笑って答えた。


「あ、えっと。札、ある? 荷車の札。ないなら、取りに行こう」


「札は……ある。けど、私、間違えると怒られるかも」


「怒られないよ。いま“決めてる途中”だし。ほら、あの人に聞こう」


二人は荷車の担当に声をかけて、三分で順番を決めて、樽を一つ運んだ。

運び終わったあと、NPCは小さく息を吐いて、笑った。


「……できた」


できた、の一言で、場の空気が少し軽くなる。

誰も褒めすぎない。

誰も神様にならない。

ただ、生活が一つ進む。


そういう発展は、見ていて悪くない。


街の生存圏拡大。


方針は前向きで、空気も前向きだ。

前向きだから、止められない。


そして、その前向きは――森へ向かって流れてくる。


森の開拓計画。


街道を広げる。

案内板を立てる。

伐採の導線を作る。

危ない獣の出る場所を、通れないようにする。


一つ一つは、正しい。

生活を楽にする。

事故を減らす。


だからこそ、森側はどこか息苦しい。


森で暮らす人間は、街と違って“増える”ことに慣れていない。

慣れていないというより、増えると困る。


足跡が増える。

匂いが増える。

音が増える。

境界が薄くなる。


森のサバイバル組。

狩人。

採集で食っている連中。


彼らの言葉は、短い。

短い言葉は尖る。


「森を舐めんな」

「道を作ると、人が入る」

「入ったら、荒れる」


言ってることも、正しい。


衝突も、もう起きていた。


森の入口寄りで、伐採の下見が入った日。

目印の杭が打たれた。

縄が張られた。


その縄が、夜のうちに切られていた。


朝、現場に来た開拓側が顔をしかめる。

「……誰だよ」


切った側は名乗らない。

名乗らないが、代わりに短い言葉が残る。


「ここは獣道だ」

「ここを塞ぐな」

「死ぬぞ」


正論だ。

でも正論は、切り口が荒い。


開拓側も苛つく。

苛つきは、声量に出る。


「じゃあどうすりゃいいんだよ。危ないなら危ないって、先に言えよ」


「言っても聞かねえ」


言い返しが刺さる。

刺さった方は、次から“敵”になる。


敵が増えると、街は燃える。

燃えると、森まで飛ぶ。


モリは、そういう揉め方を何度も見てきた。


そして、最近――森の住人の中で、モリの名前が出る回数が増えていた。


「モリに聞け」

「モリなら分かるだろ」

「モリが言うなら従う」


発言力。


それは、嬉しいものじゃない。

嬉しくないのに、放っておけない。


モリは“前に出ない”と決めている。

でも、前に出ていなくても、人は勝手に“前に置く”。


そして、前に置かれたものは燃える。


モリは森の端で、火を見ながら考えた。


どうすれば、対立を避けられる。


避けるというのは、勝ち負けを作らないということだ。

どちらかを否定しない。

どちらかに正義の札を貼らない。


そんな都合のいいやり方があるのか。


昔の自分なら、なかった。


運営にいた頃のモリは、正義を押し通そうとしていた。

押し通すしかないと思っていた。


現場が燃える。

燃えているなら、水をかける。

誰かが怒る。

怒っているなら、規約で止める。


正しい手順で、正しい決裁で、正しい結論を出す。


その“正しさ”で、何人かを切り捨ててきた。

切り捨てないと回らなかったからだ。


でも、今は違う。


森で暮らすと、世界が小さくなる。

小さくなると、一人ひとりの顔が見える。


顔が見えると、正しさだけでは切れない。


切れないから、工夫が必要になる。


モリは、ようやく“工夫”を考え始めている。


年を食っても、変われる。


その事実が、少しだけ嬉しかった。


モリは指で地面に線を引いた。


生活圏。

緩衝地帯。

工事地帯。


段階を作れば、急な衝突が減る。

代替ルートがあれば、生活の線が守れる。


街の人間には、行く場所がある。

森の人間には、守る場所がある。


その両方を、同じ地図に載せる。


それが、モリにできる“勝たない仕事”かもしれない。


結論はまだ出さない。

出すと、誰かがそれに寄りかかる。


ただ、燃えないように。


壊れないように。


そのための手順を、先に置く。


最後に、運営へ渡す一言をまとめる。


開拓は止めない。

ただ、段階と代替で事故を減らす。


生活圏/緩衝地帯/工事地帯。


それだけでいい。

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