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開拓事業

生存圏拡大の話は、進み方が早かった。


掲示板で方針がまとまって、空気が友好に傾いた瞬間。

人は“善いこと”を急ぐ。


善いことは、悪いことより止めにくい。


掲示板の前には、人が増えた。

増えたのは人数だけじゃない。

熱だ。


「手伝える人、募集中!」

「今夜、森の入口に案内板を立てます!」

「釘と板、寄付してくれたら助かる!」


言葉は明るい。

顔も明るい。

NPCも混じって、笑いながら手を挙げる。


――良い光景だ。


でも、良い光景ほど、置き去りが生まれる。


モリは市場の端で、その熱を眺めていた。

眺めて、近づかない。

自分が中心に入ると、話が重くなる。

重くなると、責任が生まれる。

責任は背負わない。


ただ、熱が増えると、摩擦も増える。

それが問題だ。


実際、増えていた。


初心者の声が大きい。

大きいのは悪いことじゃない。

でも、声が大きいと、場所が埋まる。

埋まると、入れない人が出る。


入れない人は、だいたい言葉が短い。

短い言葉は尖る。


効率派。

戦闘派。

あるいは、ただ忙しい人。


「で、報酬は?」

「それ、誰が決めたの?」

「俺は狩り行くから。勝手にやって」


声は低い。

低い声は、場を冷やす。


冷やされると、善意は反射で刺す。


「手伝わないんですか?」

「ここ、みんなの街ですよ?」

「そういう人がいるから、世界が良くならないんじゃない?」


言っていることは正しい。

正しいからこそ、刺さる。


刺さった方は、もう戻らない。

戻らないと、次から“敵”になる。


敵が増えると、街は燃える。

燃えると、森まで飛ぶ。


モリは嫌な予感を、舌の奥で噛み潰した。


誰も悪くない。

ただ、導線がない。


参加したい人の導線しか、用意されていない。

参加しない人の導線がない。


導線がないと、人はぶつかる。

ぶつかると、人格の話になる。


モリは掲示板の紙束を、遠目に見て整理した。


“手伝える人募集中”。

それは万能すぎる。

万能は、圧になる。


必要なのは、選択肢だ。


小タスク。


板を一本運ぶ。

釘を十本だけ渡す。

案内板の文面を清書する。

危ない箇所を一つだけ報告する。


短く終わる仕事。

終わったら帰れる仕事。


そして、もう一つ。


不参加の退避。


「今は参加しない」

それを言っても、殴られない場所。

議論から外れるための場所。

黙って通り過ぎられる導線。


それがあれば、“正しさの押し付け”が減る。


モリは運営用の待機室を思い出した。

現場が燃える時、必要なのは正論じゃない。

逃がし先だ。


街でも同じだった。


モリは、前に出ないまま近くのベンチに座った。

座って、視界の端で会話を拾う。


初心者の一人が、また言う。

「手伝わないんですか?」


言われた側は、肩をすくめた。

「今日は無理」


空気が固くなる。


モリは、割って入らない。

代わりに、視線だけを掲示板へ向けた。


その視線に気づいたのは、たまたま近くにいたNPCだった。

荷車の札を持って、困った顔をしている。


「……何か、足りませんか?」


モリは短く言った。


「選べる仕事がない」


NPCが目を瞬かせる。


「仕事は……たくさんあります」


「たくさんあるのが問題」


モリはそれ以上説明しない。

説明すると、説教になる。


モリは指を一本、掲示板へ向けた。


「一回で終わるやつを並べろ。できない奴が逃げられる場所も作れ」


NPCは口を開けて、閉じた。

それから、ゆっくり頷いた。


「……“小口の手伝い”ですね」


「そう」


たぶん、その言葉だけで十分だ。


NPCが掲示板の紙を一枚めくり、裏に何かを書き始めた。


「板一本運ぶ」「釘十本寄付」「文面清書」


その書き方を見て、初心者の顔から圧が抜ける。


「あ、これなら……僕もできるかも」


隣で渋い顔をしていた戦闘派が、鼻で笑った。


「俺はやんねーけど。釘なら余ってる。置いとく」


言い方は素っ気ない。

でも、刺すよりマシだ。


場の温度が、少しだけ下がる。

下がると、呼吸が戻る。


モリは立ち上がらない。

最後まで、座ったままだ。


今日はこれで十分。


森へ戻れば、やることは少ない。


ただ、戻る前に。

運営へ渡す一言をまとめる。


共同事業は、善意ほど燃える。

燃える前に、導線を分ける。


小タスクの参加導線。

不参加の退避導線。


それだけでいい。

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