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森の宴

森の拠点は、いつも静かだ。


静かなのは、モリがそういう手順で暮らしているからだ。

人を呼ばない。

呼ばれない。

近づきすぎない。


だから、誰かが来る日はだいたい――予定外になる。


その日も、本当はいつも通りだった。


朝に火を起こして、湯を沸かす。

干し台を見て、匂いの線を確かめる。

裏の箱に瓶を戻す。

蒸留器の銅を触って、冷え方を思い出す。


“試す”はもう済んだ。

だから、今日は“落ち着かせる”日。


そう思っていたのに。


森の入口で、足音が二つ重なった。


片方は軽い。

無駄に元気だ。


「モリさーん! いる?」


タクミ。


もう片方は静か。

足が地面を選ぶ。


「……邪魔するっす」


ケンジ。


二人が同時に来るのは珍しい。

珍しいが、たまにある。


モリは手を止めずに返した。


「いる」


それだけでいい。

歓迎も追い返しもしない。

距離は、いつも通り。


――と、思ったところで。


もう一つ、足音がした。

足音が、やけに“明るい”。


「おっじゃましまーす! あ、いた。やっぱここ、落ち着く~」


マコト。


マコトは声が出る。

でも、森に入った瞬間に音量を落とせる。

それが偉い。


「……今日、揃ったな」


モリがそう言うと、タクミが笑った。


「な。俺もびっくり。ケンジが来てて、あれ?って思ったら、マコトさんも来た」


ケンジが小さく頷く。


「たまたま、重なったっす」


マコトは両手を合わせるみたいにして、にこっとした。


「たまたま重なったなら、酒盛りだよね?」


タクミが目を丸くする。


「え、いいんすか? 森で?」


モリはすぐに頷かなかった。


森で酒盛り。

それは、派手だ。

派手は人を呼ぶ。

人が来ると森が荒れる。


だけど。


モリは、自分が今、少しだけ迷ったことに気づく。


迷った時点で、もう“人間味”だ。


「……短くな」


結論は、それ。

やるなら、短く。

長引かせない。

手順にする。


タクミが拳を握った。


「うわ、やった!」


「声、でかい」


「すんません!」


そこで終わる。

その終わり方が、ちょうどいい。


モリは裏の箱を開けた。


蒸留した酒。

まだ弱い。

でも、香りは“自分の一滴”だ。


それと、ロティサリー。


肉を回して焼く道具。

道具の楽しみは、見せびらかすためじゃない。

自分の手順が増えるのが嬉しいだけだ。


――その嬉しさを、今日は少しだけ分ける。


モリは火を作る場所を、いつもより一歩だけ外にずらした。

匂いが伸びても、拠点の線に触れない位置。


次に、油受け。

次に、止め具。

次に、串。


「順番、決まってるんだな」


タクミが感心したみたいに言う。


「決めないと、事故る」


「事故ると?」


「面倒」


ケンジが、いつもの調子で笑った。

マコトも、肩を揺らして笑う。


笑われても、モリは気にしない。

たぶん、そこが“孤高っぽい”んだろう。


でも。


笑いが出る場に、モリもいる。

それだけで十分だ。


ユキが、少し離れた場所に座っている。

アラシは影の縁。


狼は、誰が来ても吠えない。

でも、目だけはよく見ている。


モリは指を一本。

合図。

“今日は狩りじゃない”の確認。


ユキが尻尾を一度だけ振って、あくびをした。

アラシは影の中で、目だけ瞬いた。


それでいい。


肉が回り始める。


火の前で、皮がきつね色に変わっていく。

匂いが立つ。


タクミが、喉を鳴らした。


「うわ、腹減った……」


「森で腹鳴るの、めちゃ聞こえる」


マコトが楽しそうに言うと、タクミが慌てて口を押さえた。


「やべ、すみません!」


「いいよ。腹は鳴る」


モリはそう言ってから、少しだけ後悔した。


優しいことを言いすぎると、場が伸びる。

伸びると、中心になる。


だから、続けない。


肉が焼けた。


モリはナイフで切り分ける。

量は多くない。

多くしない。

多いと、残る。

残ると、匂いが残る。


酒も同じ。


杯に少しずつ。


タクミが匂いを嗅いで、目を丸くする。


「これ……酒? なんか、すっきりしてる」


ケンジが頷いた。


「蒸留っすか。……香り、すっきりしてるっすね」


マコトは一口含んで、すぐに顔を上げた。


「うわ。いいじゃん。これ」


褒め方が短い。

熱量はある。

でも、伸ばさない。


――マコトは、そういう褒め方をする。

モリを神格化しない。

だから、助かる。


タクミが、肉を口に入れてから目を見開いた。


「……皮、やば」


「声でかい」


「すみません!」


またそこで終わる。

終わり方が、手順になってきている。


ケンジが静かに言った。


「モリさん……こういうの、嫌いじゃないっすね」


モリは一拍置いてから、杯を置いた。


「嫌いじゃない」


それだけ。


自分から誘ったわけじゃない。

でも、拒んだわけでもない。


その中間が、モリの人間味だ。


マコトが肉を一口食べて、満足そうに頷いた。


「分かる。ここ、作業場っていうより“生活”だもんね」


生活。


その言葉を外から言われるのは、少しだけ照れる。

照れるから、モリは火を見る。


火を見ると、落ち着く。


最後に、皿をまとめる。

骨を寄せる。

匂いを消す。

火を落とす。


酒盛りは、終わり。


終わらせる。

終わらせるから、次もできる。


タクミが立ち上がって、短く頭を下げた。


「うまかったっす。……また来ていい?」


重くなる言い方だ。


モリは首を振った。


「来るなら、用事がある時だけ」


「えー」


「用事を作るな。余り物が出たら、売れ」


タクミが笑った。

ケンジも小さく笑う。

マコトは、手をひらひらさせた。


「了解。じゃ、またふらっと寄るね。ふらっと」


“ふらっと”なら、いい。


それだけでいい。


三人が森の道へ消えるのを見送り、モリは火の跡を整えた。


静けさが戻る。


戻った静けさが、嫌じゃなかった。

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