表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

52/61

古森の狩人

森は、静かに戻っていた。


炉は眠っている。


煙もない。


匂いもない。


それでいい。


夜喰みの鉈剣は布の中。


まだ振っていない。


振るのは、必要になってから。


――そう思っていた昼。


門のあたりで、枝を避ける音がした。


慎重じゃない。


雑でもない。


慣れた足取り。


モリは手を止める。


止めて、聞く。


「モリさーん!」


声が、軽い。


タクミだ。


その後ろから、少し遅れてもう一人。


歩き方が違う。


呼吸が違う。


音が小さい。


ケンジ。


二人とも、森の入口でいったん立ち止まった。


昔は、そこを越えた途端に落ち着かなかった。


今は違う。


目が、森の“ルール”を覚えている。


「お邪魔しまーす。ってか、見てよ。変わったんだよ、俺ら」


タクミが、胸を張る。


背中の装備は軽い。


でも、立ち方が軽すぎない。


足首まで、ちゃんと“芯”が入っている。


「ジョブチェンジ?」


モリが言うと、タクミは待ってましたとばかりに頷いた。


「そう! 軽戦士――シューター。……蹴戦士ってやつ」


聞き慣れない名前。


けど、タクミらしい。


「蹴りの威力が上がるんじゃなくてさ。ひるませるとか、距離取るとか。そういう“効かせ方”が強くなる」


タクミはその場で、軽く足を払う仕草をした。


風を切る音が小さい。


足先が止まる位置が正確。


「ほら、これ。蹴りの途中で“間”が作れる。踏み込ませない。近づかせない」


自慢が上手い。


自慢の仕方が、タクミのままだ。


その横でケンジは、静かに手を合わせた。


「俺は……シャオリンモンク」


声は落ち着いている。


けれど、目が少しだけ嬉しそうだ。


「僧侶系で、カンフーを強く使える。内功と外功、それに軽功……動きの補助が増えた」


軽功。


その単語だけで、モリはケンジの足音が小さい理由を納得した。


「自己完結って感じだな」


「うん。癒やしもできる。殴れる。逃げられる。追える。……便利」


便利。


ケンジが言うと、便利がちゃんと便利に聞こえる。


ユキが、寝床のそばから顔を上げた。


白い毛。


視線。


そして、少しだけ尻尾。


タクミは一瞬だけ硬直してから、すぐ笑った。


「うわ、相変わらずでけえ……いや、でかいのは変わってないか。なんか、目が“仕事”してる」


アラシは影の縁。


黒い目だけが瞬く。


ケンジが小さく息を吸う。


「……もう一匹、増えたんだな」


「アラシ」


モリが名前を言うと、影が少しだけ濃くなった。


返事。


「いい名前だ」


ケンジがそう言って、タクミは肩をすくめる。


「俺、まだ“名前つけると強くなる理論”信じてないけど」


「信じなくていい。守れるなら、使える」


モリの言葉に、タクミは笑いながら頷いた。


昼飯にする。


森の飯は派手じゃない。


でも、腹に落ちる。


干し肉の薄切り。


木の実。


香草。


それに、少しの塩。


火は小さい。


煙は少ない。


匂いも、広げない。


その“やり方”を見て、タクミは一度だけ真面目な顔をした。


「ほんと、ここ……生活の音が違うんだよな」


「騒ぐと、寄る」


「寄ると?」


「面倒」


モリが短く言う。


タクミが吹き出す。


「それな!」


食べながら、情報交換。


街のこと。


運営のこと。


最近の狩場。


自慢も混ざる。


でも、今日は自慢だけじゃ終わらなかった。


タクミが、箸代わりの枝を回しながら言った。


「そういやさ。ちょい変な噂、聞いた?」


「変な噂は、だいたい変」


「いや、変なんだけど……なんつーか、今の運営なら“やりそう”な変」


ケンジが続ける。


「NPCにも……ナラティブジョブが適用されてるんじゃないか、って話だ」


モリの手が止まる。


「NPCにも?」


「うん。街のNPC、最近……妙に“動く”っていうか」


タクミが頷く。


「イベントの案内が上手くなってたり、こっちの言葉に返す速度が上がってたり。あれ、前もっと……」


「鈍かった?」


「そう! 鈍かった! それが、なんか……活発」


活発。


その言葉が、森には似合わない。


ケンジは少しだけ声を落とす。


「AIが強化された、って噂もある。ナラティブジョブの仕組みを、プレイヤーだけじゃなくNPCにも……って」


モリは、笑わなかった。


笑える話じゃない。


ナラティブジョブ。


運営が“物語”を走らせるために、個に役を与える仕掛け。


もしNPCにまで。


森の静けさの意味が変わる。


モリは食器を片付ける動きのまま、メニューを開いた。


ユキ。


ステータス。


前は、銀狼。


それだけだった。


今は――違う。


銀狼。


その下に、小さく一行。


古森の狩人。


モリの喉が、少しだけ鳴った。


「……増えてる」


タクミが身を乗り出す。


「え、マジ? なに? 称号? ジョブ?」


「たぶん……ナラティブ」


ケンジが眉をひそめた。


「ユキはNPCじゃない……いや、どういう扱いだ?」


ユキは静かに瞬きをして、モリの指先を見る。


見られている。


“見ている”じゃない。


“読んでいる”。


モリはメニューを閉じた。


閉じて、もう一度ユキを見る。


古森の狩人。


それは、森の中で付く名前だ。


森が、ユキをそう呼んだ。


呼んだのが運営なら。


運営は、森の中にまで手を伸ばし始めている。


タクミは空気を読めずに、でも読めないからこそ言う。


「……なんか、ワクワクするな」


モリは首を振る。


「ワクワクは、油断」


ケンジが、タクミの脇腹を小突いた。


「森では特にな」


食事は終わる。


話も終わる。


でも、終わっていない。


森の静けさの中に、


“誰かの意図”が混じり始めた。


モリは、夜喰みの鉈剣の包みに手を置く。


まだ振らない。


けれど、


確かめるべきものが増えた。


次は街。


NPC。


ナラティブジョブ。


なぜ。


誰に。


どこまで。


森は守る。


守るために、知る。


そう決めて、モリは息を吐いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ