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クラフト大会(運営視点)

これは、クラフト大会が“盛り上がった後”の話じゃない。


――その少し前。


運営側が、静かに胃を痛めていた頃の話だ。


新コンテンツ。


前線プレイヤー向けの、攻略用コンテンツ。


リリースが決まってからというもの、運用フロアはずっと忙しかった。


告知。


不具合対応。


ログ監視。


そして、想定より早い攻略スピード。


「……早すぎる」


誰かが呟いた。


その一言が、全部だった。


運営としては、もう少しまったり進む想定だった。


手順を踏んで。


素材を集めて。


週末に一回、進む。


そういう“長持ちする”設計。


だが、トッププレイヤーは違う。


資産に糸目をつけない。


勝つためなら、買う。


買い占める。


輸入する。


そして、それが一度始まると止まらない。


新コンテンツの攻略に必要だったのは、初心者の街付近で手に入る食料だった。


本来は、生活圏の循環で回る程度の量。


それが、前線の速度に引っ張られて、一気に“資源”になった。


買い占め。


輸入。


相場の跳ね。


「他のチームに遅れられない」


そう思った別のトップ層も、同じことを始めた。


さらに。


中間層が乗った。


儲けの匂いがすると、正義も善意も一旦横に置かれる。


取引所は熱を持ち、初心者の街は冷えた。


吸い取られるばかりで、干上がっていく。


運用チームも、経済問題としては認識していた。


ただ――クリティカルになるとは思っていなかった。


「まさか、そこまで行くとは……」


そんな言い訳が、会議の空気に残った。


状況が続いた。


NPCが飢える。


売り物が消える。


そして、貧民層のNPCが“死ぬ”。


ゲーム内での死。


復活しないタイプの死。


そのログが上がってきた瞬間、運用フロアは静かになった。


冗談じゃなくなる。


けれど、このタイミングで前線コンテンツを閉じるわけにもいかない。


閉じたら閉じたで、前線は荒れる。


荒れたら、今度はGM対応が崩れる。


詰みが見え始める。


久世ミサキ――現場を束ねるリーダー。


新井ユウ――火消しを回す若手。


二人は、同じ言葉を思い出していた。


退職前の杜原。


つまり、今の“モリ”だ。


彼は、よく言っていた。


「このゲームは生きている。どこかで入れた変更が、別の場所で大きな問題になる可能性がある」


「影響範囲調査と、リリース後の影響確認は、多少コストがかかってもやるべきだ」


口を酸っぱくして。


うるさいくらいに。


その時は、邪険に扱った。


忙しさの中で、意見を“理想論”として処理した。


今になって思う。


理想論じゃない。


ただの、現場の手順だった。


「……悪かったな」


ミサキは、誰にも聞こえない声で呟いた。


反省は、今さらだ。


でも、今さらでも。


今、何かをしないといけない。


そんな折。


プレイヤーアドバイスシステムに、一件の提案が届いた。


匿名。


短い。


そして、妙に具体的だった。


――クラフト大会。


「……今、これが刺さるのか」


運用は迷わなかった。


少しでも効果のあることを実施したい。


だから、乗る。


すぐにアナウンスを出した。


狙いは単純。


前線の視線を、街へ。


買い占めの熱を、別の競争へ。


生活圏の空気を、少しだけ戻す。


結果は、想定以上だった。


トッププレイヤーたちの動きが、軟化した。


特に、常識派のチーム――ベイルキーパーズが、初心者の街の窮状を解いて回ったのが大きい。


買い占める側が悪い、と断罪しない。


ただ、必要な量を街に戻す。


供給を作る。


ルールを整える。


そういう“実務”で、空気を変えた。


そしてもう一つ。


興味関心が、クラフト大会へ向いた。


ある意味、初のPvP。


殴り合いじゃない。


作り合い。


見せ合い。


奪うんじゃなく、出す。


争うんじゃなく、競う。


運営が欲しかったのは、この温度だった。


実際の大会は、大盛況。


運用が知らないアイテムの用法まで飛び出した。


このゲームは、コンテンツ生成にGM AIの自動生成をある程度使っている。


だからこそ、ユーザーの工夫が刺さると、運営の想定を越えてくる。


新コンテンツの追加以上に、ゲームの価値が上がった。


優勝した噛みたばこは、その象徴だ。


嗜好品の開発。


新しい市場。


新しい沼。


プレイヤーは、楽しそうに沈んでいく。


運用は同時に、別の胃痛も抱え始めた。


電子ドラッグ。


そういう方向へ行かないように、ガードレールの文面を必死に作る。


徹夜。


……それは、また別の話。


モリの戦化粧も、同じだ。


化粧によるステータス変化。


実用性のあるおしゃれ。


自称美容家。


“お姉さま”と呼ばれるマッチョ。


色んな人間が動き始める。


ゲームは、生きている。


運用が、ようやくそれを理解した。


結果として、運用チームは九死に一生を得た。


危機を“終わらせた”わけじゃない。


ただ、崩れる前に、空気を変えられた。


そのきっかけが、匿名の一言だった。


――モリ。


名も顔も出さないまま、また世界を少しだけ回した。


ミサキは通知ログを閉じ、深く息を吐いた。


「……次は、ちゃんとやろう」


言葉は短い。


でも、今度は“手順”として残す。


それが、運用の仕事だ。

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