結果発表と鰐皮
沼地から森に戻ったモリは、なめし台の前で腕を組んでいた。
置いてあるのは、羽剥ぎ鰐の皮。
乾かして、泥を落として、血の匂いもだいぶ薄くした。
――それでも、触ると分かる。
こいつは“硬い”。
硬いのに、しなやかだ。
変な素材だな、とモリは思う。
「さて……どうする」
悩んでいる理由は、素材が珍しいからだけじゃない。
タクミとケンジが、皮を丸ごと預けてきたのだ。
『なんでもいいから作ってくれ』
『余った分はモリのものにしていい。性能も任せる』
釣りを一緒にやって、妖精の場所を一緒に守ると決めて、鰐と殴り合った仲だ。
断りづらい。
というか、断る気が起きない。
面倒は面倒だが、こういう“面倒”なら悪くない。
問題は――これを、何にするか。
肩当て。
胸当て。
ベスト。
ベタ。
ベタすぎる。
でも、結局ベタが一番、使う。
「悩んでもしょうがないな」
モリは小さく笑って、皮を広げた。
まずは、切り分け。
厚みが違う。
背中側は鎧。
腹側は服。
同じ皮でも、役割が変わる。
……こういうのが、クラフトの面白いところだ。
モリは作業の手順を頭の中に並べ、指先を動かした。
なめす。
油を入れる。
伸ばす。
乾かす。
縫う。
金具を足す。
最後に、触って確かめる。
数字の前に、感触。
感触が良ければ、だいたい結果も良い。
作業に入る前に、ひと息。
クラフト大会の投票結果が、ちょうど届いていた。
今回の優勝は、木こりチーム。
作ったのは“噛みたばこ”だった。
嗜好品。
戦闘に直結するわけじゃない。
でも、だからこそ刺さったのだろう。
参加賞でサンプルが配られたせいで、気になった人間が一気に増えた。
モリは包みを開けて、ほんの少しだけ口に含む。
苦い。
土っぽい。
でも、嫌じゃない。
焚き火の匂いに近い。
「……こういうのが勝つの、分かるな」
そして。
モリの戦化粧は、審査員特別賞に選ばれていた。
基本は投票。
ただし、一部の一流プレイヤーが審査員として選ばれ、“気に入ったもの”に賞を渡す。
モリの戦化粧を拾ったのは、周りから「お姉さま」と慕われている、マッチョの見本みたいな男性プレイヤーだった。
絶賛コメントは短く、妙に熱かった。
……こういうところ、いかにもこのゲームだ。
モリは苦笑して、噛みたばこの包みを作業台の端に置いた。
今はそれより。
鰐皮だ。
「よし。決めた」
モリは皮を三つに分けた。
タクミには肩当て。
動きやすさを殺さずに、踏み込みと蹴りを支える。
ケンジには胸当て。
回復役は倒れると困る。派手じゃなく、致命傷だけを減らす。
そして自分には、ベスト。
弓を引く肩と、ダガーを抜く腰の邪魔をしない。
硬くて、軽くて、生活にも使えるやつ。
ベタだ。
でも、ベタでいい。
タクミ用の肩当ては、厚い背皮を使う。
いきなり硬いままだと、動きが死ぬ。
だから、薄く削って、曲げ癖をつける。
肩の丸みに沿うように、熱を入れて、冷やす。
金具は最小限。
擦れて音が鳴ると、本人が嫌がる。
代わりに、内側に薄いクモ糸を仕込んで、引っ張りの方向だけ強くする。
“止める”ための硬さじゃなく、“崩れない”ための硬さ。
肩当てが形になったところで、モリは小さく息を吐いた。
数値が浮かぶ。
速度低下は、ほぼ無し。
踏み込みの初速だけ、少しだけ上がる。
それに、蹴りの衝撃が逃げない。
「……タクミ向きだな」
ケンジの胸当ては、腹側の皮を使う。
背皮ほど硬くない。
その代わり、魔力の通りが良い。
祈りの回復は、装備の“通り”に左右される。
硬すぎる鎧は、祈りを弾く。
柔らかすぎる服は、守らない。
だから中間。
胸だけを守って、脇と腹は逃がす。
呼吸が苦しくなると、詠唱が乱れる。
ケンジは“薄く入れる”のが持ち味だ。
乱れたら、死ぬ。
胸当てに小さなロザリオ留めを付けて、祈りのラインを整える。
数値は地味。
でも、回復の立ち上がりが少しだけ早くなる。
「これでいい。派手にすると、逆に嫌がる」
モリは独り言みたいに言った。
最後に、自分のベスト。
胴体の中心は、硬い。
でも肩と腰は、柔らかい。
弓を引くときに突っ張らないように、背中側に切れ目を入れ、縫い方で伸びを作る。
見た目は地味。
ただ、森で暮らすのにちょうどいい。
木の枝で擦れても破れにくい。
沼の泥がついても、落としやすい。
それでいて、刃が通りにくい。
“戦闘用”より“生活用”に見せておく。
そういうのは、だいたい長持ちする。
作業が終わる頃、外はもう暗かった。
モリは道具を片付け、なめし台の周りの床を掃いた。
ルーティンだ。
終わり方が決まっていると、疲れが残らない。
ユキは入口で寝そべって、こちらを見ていた。
「……終わった」
モリが言うと、ユキは尻尾を一度だけ床に打ちつけた。
それは、許可の音だ。
モリは焚き火の前に腰を下ろし、たんぽぽコーヒーを淹れる。
苦い。
でも、落ち着く。
さっきの噛みたばこの苦味とも、どこか似ていた。
「明日、渡すか」
タクミとケンジの顔を思い出して、モリは小さく笑う。
大げさなリアクションはいらない。
“使う”。
それだけでいい。
ユキが鼻を鳴らし、モリの隣に丸くなる。
森の夜は静かだ。
静かなまま、今日が終わった。




