28 戦いの終わりに
エステルがガネットをやった。
その様子を見ていたタケルは思わず声を漏らす。
「やった……!」
今回は研究所の術式を解除するというアシストに徹していたタケルだったが、緊張の糸がほどけたのか全身の力がふっと抜ける。
一時的に敵となっていたミッシェルも、エステルの姿を見て声を上げる。
研究所での戦いは終わった。パーシヴァルたちがかけた襲撃で、ほとんどの研究員はこの研究所から逃げ出していたらしい。残党もほとんどいないだろう。
だが、まだやることはある。
今回の戦いでスティーグ、ニッテ、零が重傷を負った。他の面々も重かれ軽かれ傷を負っている。
治療が必要だ。
タケルは特に治療を必要とするスティーグに駆け寄り、その傷を塞ぐ。そうして、生きている治療設備まで運び、負傷者の治療に当たるのだった。
治療が終わる頃には1日が過ぎていた。
それほどまでに今回の戦いで誰もが大きな傷を負っていたのだ。
医務室には今回の戦いに参加した者全員が集まっていた。
「……そうだ。戦闘中で伝えられなかったが調査するうちにわかったことがある」
ベッドから身体を起こした零はタケルとアカネの姿を見てこう言った。
「アカネとロゼは遺伝子的には同じ人間。実質クローンだろうな」
思わぬ事実を知ったアカネは目を白黒させたが、とあることを思い出した。
それは暁城塞でアカネがラオディケから聞いた言葉。
――知らないんですねえ。私があなたの遺伝子を採取したことも。
ここで何かがつながった。
「そっか……ラオディケが言っていたこと。私の遺伝子からロゼが作られたってことになるのかな」
頭がよく回るアカネはそう言った。
「おそらくな。手帳は捕まったときに没収されたが、俺の記憶が正しければお前とロゼは同じ遺伝子ということになる。いや、間違いないだろうな」
と、零。
すると今度はアカネが口を開く。
「じゃあロゼはアカネなの?」
しばらく零は黙り込むが。
「いいや、ロゼはロゼだ。俺は思うんだよ。人間を作るのは遺伝子だけじゃない。歩んできた人生が人を形作る。だからアカネはアカネ、ロゼはロゼだ」
彼なりの答えを口にしたのだった。
「んー、よくわかんない。でもロゼはロゼなんだ」
「ああ、それでいい。そうだろ、パーシヴァル」
一足先に治療が終わったパーシヴァルはベッドの横で頷き。
「そうだな。ロゼはロゼだ」
それだけを言った。
そんなときだ。
戦いに間に合わなかった者がこの場にやって来たのは。
「ごめん! やっぱ壊滅的に間に合わなかったよね!」
銀髪、血管が透けて見えるほど白い肌、真紅の瞳。
実験動物を思わせる色のその女は天才錬金術師リルトだった。
「リルト! いや、どういう風の吹き回しだ?」
リルトの姿を見たマリウスは聞き返す。
「ラディムと話し合ったんだけどさ、やっぱり手助けが必要でしょ? ロゼちゃんのことも気になるし」
と、リルトは答えた。
「ロゼのこと?」
聞き返すロゼ。
「そ。Ω計画のことを調べていると、ロゼちゃんに行き着いたんだ。エネルギーのために生み出された人工生命体のバックアップ……だったのが逃げ出して個を確立した。そこがラディムの琴線に触れてね」
リルトはそう答えた。
確かにリルトを造り出したラディムならばロゼにも興味を示すだろう。それが実験材料としてか個人としてか、そこまではタケルにもわからない。
「おい……ロゼに手を出したらタダじゃおかないぞ。しかも、俺たちの旅は危険なものになるぞ?」
ここでパーシヴァルが口を開く。
「いや、そのつもりはなくて。ロゼちゃんの戦闘や成長のデータを送ってくれるだけでいいし、私はこれからテンプルズに行く。クリシュナとの共同研究が決まってね」
と、リルト。
すると、パーシヴァルは言う。
「そうか、それならよかった。零が回復し次第、俺たちはΩ計画の発電所を壊しに行く。あそこにもロゼのような子たちがいると踏んでいる」
「そっか。また離れるね。僕たちはこれからグレイヴワームに行く。鮮血の夜明団のラムシュタイン支部長に会うんだ」
今度はタケルが言う。
そう、タケル一行の旅路は北に来る前にすでに決まっていた。
レムリア大陸の東側の旅を終え、北の地――パロの町へ。そこが折り返しとなり、西側の旅へと移るのだ。その最初の目的地こそがグレイヴワームの町。
その話をしたとき、マリウスの表情が曇る。
「どうした、マリウス?」
声をかけるペドロ。
「いや、あんまり俺にとって気分の良い場所じゃねえんだよ。5年前に状況は変わったらしいが……」
マリウスはそう言って目を背ける。
――マリウスは過去を語らない。語りたがらない。それは過去をどうでもよいものと思っているからではなく、マリウスにとって忌まわしいものであるから。
グレイヴワーム行きは決定事項だとしても、それはマリウスの過去につながりかねない。
「グレイヴワーム……確かあの土地の権力者が代替わりしてから色々と変わっているみたいだけど」
と、アカネ。
そのとき、マリウスは何か思うことがあったのか医務室を出た。
たとえ変わったとしても、クロル家の本質は変わらないだろう。
マリウスはこう考えていた。
とにかく頭を冷やしたかった。
そのために医務室を出て、敵のいない研究所を歩き回る。壁に穴が空き、冷気が流れ込んでくる研究所はとても寒い。それすらもマリウスには心地よく。ただ歩いていたら――真紅の小さな円柱型の培養槽らしきもの2つを目にすることとなった。




