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26 碧き悪魔の裁き

 それは完全にガネットの予想の斜め上をゆく事態であった。

 エネルギー供給のための人工生命体のバックアップにすぎなかった赤髪の少女ロゼ。その程度の人物が、今こうしてガネットのナノースに対してカウンターを放った。やったのがタケルや裏切り者のパーシヴァル、ペドロならまだ納得はできていた。が、よりによって取るに足らないと判断していたロゼなのだ。


「あり得ない……あの液体食料しか食べられず自我も無いに等しかった『ROSE』が! なぜ私に! 生かしておけるか!」


 ロゼに反撃されたことで激昂したガネット。

 怒りにまかせて研究所の術式という術式を発動させる。

 研究所の天井は崩落する。大気組成が乱れる。ガネットが攻撃に使用した塵の飛び道具が空中にいくつも生成される。


「タケル以外全員死ねばいい! すべてはあるべき世界のため! 来るべき楽園のため!」


 まずい――

 ここにいるほとんどの者が絶望した。

 だがエステルだけは違う。彼女は水の塊をすべてにぶつける。

 爆発も塵の飛び道具の炸裂も不発に終わる。


「絶対に死なせはしない。私が悪魔となって仲間の命が守られるのであれば……私は悪魔にでもなろう」


 洪水のような反撃を繰り出したエステルはただそう言った。


 そんなエステルの姿は失意のタケルをも奮い立たせる。

 足が動かなくても、足の感覚がなくとも。脳はまだ正常だ。それどころか、どういうわけか頭はいつも以上にさえている。


「エステル……残酷な運命に立ち向かう覚悟ができたから。僕は君と共に戦おう」


 タケルは残りの術式を解析する。

 ガネットが激昂したことで、彼女の巧妙な術式の操作はかなり荒っぽくなった。穴が広がったかのようだ。


 解析済の術式をたどる。絡み合った糸をほどくように、研究所全体とガネットの術式をたどる。


 いくらか複雑ではあったが、解析は完了した。

 だが、ガネットにタケルのナノースを撃つにはまず研究所に対して撃つ必要がある。

 それに加えて直接触れなければガネットをタケルのナノースで倒すことはできない。


「でも、研究所をどうにかしないことには意味がない。わかるよ」


 と言って、タケルは研究所のフロアに対してナノース『Vaccine』を使用した。


 研究所に張り巡らされた複雑な術式に対してナノースが打ち込まれた。

 それは免疫のようになり、術式を攻撃する。人間の肉体の術式であれば命に届きうる。が、タケルが攻撃したのは研究所の術式。研究所のセキュリティや一部のシステム、ガネットが仕込んだ罠などが機能停止する。


 警報が鳴り始めた。


「くっ……術式を解除されたか。生け捕りそのものが不可能だったということか……!?」


 と、ガネット。

 動揺した彼女の隙をつくようにエステルが迫る。

 至近距離で水の砲弾を放ち、蹴りを入れる。

 猛攻を受けたガネットはのけぞるも、反撃の爆発を起こし、塵の塊を生成する。が、その攻撃範囲は先ほどより明らかに狭まっていた。


「すべて受けきる!」


 エステルはガネットの攻撃に対して水の壁を張り、完全に受けきった。後方にいる者は誰も今の攻撃で傷を受けていない。


「来い、腐れ外道。刺し違えてでも倒す」


 と、エステルは言った。


「いいだろう。私が死んだところで後に続く者は現れる」


 エステルとガネットは互いに向かい合い。同時に動いた。


 ガネットは隠し持っていたロングナイフを抜き。エステルに斬りかかる。


「この刀身には権限術式が刻まれている! その意味、お前にも分かるだろう……!?」


 ガネットは言った。

 このとき、彼女は勝利を確信していた。エステルさえ倒せば残りは手負いの者たちばかり。研究所の術式が完全に消えたとはいえ、まだ隠し球はある。加えて未だガネットに有利にはたらくものは残っている。


「なんだ、その程度か」


 エステルはそう言うと、水のナイフを作り出してロングナイフを受け止めた。


「私の体内には賢者の石がある。その意味を、お前も理解しろ!」


 そう続け、エステルはガネットの懐に飛び込んだ。水の刃でガネットの首を狙う。反撃するようにガネットは爆発を起こす。が、そんなものはエステルに対して無意味。エステルは水の刃を振るい、ガネットの頸動脈を切り裂いた。


 だが。


「まだ……私はまだ……!」


 ガネットは諦めが悪く、切り裂かれた頸動脈の傷を塞がんと自身の肉体に錬金術を使った。

 それもエステルにとって想定済――錬金術師ならば普通は致命傷となる傷も再生させることができる。その再生が、錬金術師にとって隙となる。それらのことを知っていた。


 だからエステルはたたみかけるように水の槍を放ち、とどめと言わんばかりに再生する首を切り裂いたのだ。

 ガネットの首、身体のあちらこちらから鮮血の噴水が上がる。

 それに伴ってガネットの瞳から光が消えてゆく。


「私が悪魔だ。お前たちが神になろうとするのなら、なおさら。錬金術師……お前は、これからどこに行く?」


 エステルは命の灯火が消えてゆくガネットに対し、そう語りかけた。


「私は……ぁ……あ……」


 もはやガネットの言葉は言葉の形すらなしていない。


「わからないだろうな。今までに証明できた者もいない。ただわかるのは、私の腹の中ではないことくらい、か」


 エステルは言った。

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