82.優しく隠されていたこと
本日は休日。特に用事もなくて、マリーアとのんびりしようかと話していたら、早朝からめずらしく、ヒンターから先触れがあった。
「リリー、マリー。早くにすまない」
朝食が終わって早々、だ。しかもサーフィス、テンダー、マークス、イデアーレまで一緒に。
「あら、皆様お揃いで。何かあったの?」
マリーアが小首を傾げる横で、私も「クラブの発表会か何か?」なんて呑気に思っていたのだけれど。
みんなの顔が、揃いも揃って重い。
「……座って聞いてほしい」
ヒンターにそう言われて、私とマリーアはソファーに並んで腰を下ろす。何だろう、心臓がドクドクと嫌な音を立て始める。
「リリー。これ、預からせてもらっていたブレスレット……」
イデアーレが、震える声で切り出した。
そこから語られたのは、想像もしていなかった話だった。
ソーニャからもらったブレスレットに、魔力を少しずつ削り取る呪詛が仕込まれていたこと。イデアーレが偶然気づいて、ヒンターに相談したこと。デュオルやレントールのものは呪詛ではなく、気づかれないための偽装だったこと。そして昨夜、それが確定して、エレナの涙にウンディーネが応えてくれたこと。
……本当は、ソーニャにも確認してからと考えていたけど、ウンディーネとイルスによって確証が得られたので私たちに話すことにしたこと。
エレナのこともじっくり聞きたい!し、みんなの優しさも染みる。けれど。
「……ソーニャ様、が」
うまく声が出なかった。
ショックは、ショックだった。
だって、あの子は。魔道具研究会で、一緒に光の玉を作って笑い合った子だ。「詰まってる感じ」を「気持ち悪い」と言い直して、二人で笑った子だ。「今日、話してくれてありがとうございました」って、夕暮れの中で言ってくれた子だ。
「リリー、大丈夫?」
マリーアが私の手をぎゅっと握る。マリーアの手も、少し震えていた。
「……ソーニャ様、何かあったのかな」
「リリー?」
思わず口を突いて出た言葉に、ヒンターが少し驚いた顔をする。
「だって。ただの意地悪でこんな手の込んだことする?お友だち何人も巻き込んで。もし本当に悪意しかないなら、もっと雑にやってもよかったはずでしょう?」
前世のオバチャン脳が、勝手に動き出す。
人はね、簡単には悪にならない。少なくとも、私はそう信じたい。
「……リリーらしいな」
サーフィスが小さく笑って、それから少し困ったように続けた。
「俺たちもそう思う。だから、まだ罰することだけを考えている訳じゃない。……でも、リリー。シュマール嬢の隣には、正体の分からない存在がいる。危険がないとは言い切れない」
「クリ、ム……?」
思わず、名前が漏れた。
「知ってるのか?!」
「ううん。知らない、はずだけど……」
そうだ、夢で見たあの子。なんだか急に思い出した。けれど、なんの確証もない。
「ごめんね、なんでもないわ」
「大丈夫か?気になることは言ってくれよ」
私が頷くと、サーフィスも安心したように頷いた。
「……それで、まだ全容は分からないが、魔王の残滓の波長に似ていると、イルスが」
ヒンターの言葉に、部屋の空気がまた重くなるのが分かった。
「……わたしが、話をしに行くわ」
気づいたら、そう言っていた。
「「「「「駄目だ」」」」」
満場一致で叫ばれた。声、揃いすぎ。
「危険だと今言ったばかりだろう!」
「だからこそよ。ソーニャ様がもし本当に何かに操られているなら、なおさら一人にしちゃいけないと思うの」
「リリー」
マリーアが真剣な顔で私を見つめる。
「わたしも心配だし、怒ってもいる。でも……もし、リリーが行くと言うなら、わたしも一緒に行くわ」
「マリー姉さま……」
「三人で行こう。俺とテンダーとで」
「フィス、テンダー」
「わたしは解析の続きがあるけど、いつでも駆けつけられるように待機してる」
「僕も、生徒会の名目で動きを整えるよ」
「同じく」
みんなが、それぞれの役割を静かに担おうとしてくれる。
「……ありがとう、みんな」
胸がぎゅっとなる。守られてるなあって、本当に思う。でも。
「でも、いきなり大人数で押しかけたら、ソーニャ様、余計に追い詰められちゃうと思うの。まずは、いつも通りに」
「いつも通り?」
「うん。特別なことは何もせず、いつもみたいにクラブ活動でお喋りして、いつもみたいに一緒に帰る。……それで、明日、その帰りに、二人だけで話したい」
「二人だけは、」
「フィス。心配してくれてありがとう。でも、これはわたしの……お友だちの話だから」
じっとサーフィスを見つめると、彼は悔しそうに、でも折れたように息を吐いた。
「……分かった。ただし、遠くからでいいから見守らせてくれ。すぐ動けるように」
「うん、それはお願いするわ」
「わたしも」とマリーアが続く。「明日は手芸部の仕事にかこつけて、少し離れた場所にいるわ」
「ありがとう、マリー姉さま」
決まった。
窓の外は、いつもと変わらない朝の光だった。
けれど、明日という日が、きっと今までとは違う一日になる。そんな予感が、胸の奥にじんわりと広がっていた。
――ソーニャ。
あなたが本当は、何を抱えているのか。
私、ちゃんと聞きたい。
◇
翌日、シュマール男爵家の朝。
「ソーニャ、朝食よ」
「はい、お母様」
小さく返事をして、鏡の前で身支度を整える。完璧な笑顔。今日も、完璧な一日になるはずだった。
足元で丸くなっていたクロが、片目だけ薄く開けてソーニャを見上げる。
『……今日はやけに念入りだね、化粧』
「別に。いつも通りよ」
そう答えながら、なぜかその日は、鏡の中の自分の笑顔が、いつもよりほんの少しだけ、ぎこちなく見えた気がした。
理由は、分からなかった。




