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異世界転生を果たした、おば、コホン、お姉さまは、お嬢様生活のために悪役回避、頑張ります!  作者: 渡 幸美
第四章 聖女と勇者と精霊と

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83.笑顔の奥に

日常が始まる。本当なら、何も知らない、普通の一日なのに。


「おはようございます、リリアンナ様」


いつもの挨拶。ソーニャの、いつもの笑顔。

それを見ていて、何となく思い出す。


(……昨日の、あれ)


サーフィスたちの前で、思わず零れた「クリム」という名前。誰のことか、自分でもよく分からなかった。夢で見た誰かの名前だった気もするけれど、輪郭がぼんやりしていて、うまく思い出せない。


今日はそれより、ソーニャに伝えなきゃいけないことがあるんだ。うん、ちょっと、頑張ろう。


「リリアンナ様?」

「あ、ごめんなさい、ぼうっとしちゃって。おはようございます、ソーニャ様」


デュオルとレントールは今日は家の事情ということにして休んでいる。私より付き合いが長い訳だし、きっとそれぞれ考えているよね。


まず、私が動くんだ。



放課後の魔道具研究会は、いつも通りに賑やかだった。


「ソーニャ様、見て見て。この間の光の玉、少し手を加えてみたの。さらに綺麗じゃない?」

「わあ、本当……!リリアンナ様みたいです」

「えーっ、褒めても何も出ないわよぅ?」


きゃっきゃした、いつもの会話。昨日の話は間違いなんじゃ、とも過るくらいに。……間違いであってほしいと願う自分も、正直、いる。


「リリー、これ、借りていたブレスレット。ありがとう、返すわね」


ソーニャからのブレスレットに、イデアーレが防護陣を入れてくれたものだ。自然に私の腕に通す。


「ありがとう、イデア。役に立った?」

「ええ、ありがとう、リリー」


その様子を見ていたソーニャが、口を開く。


「イデアーレ様のお役に立てたなんて、光栄ですわ。結構良くできたかしらと自負しているのですけれど」


自然に。微笑みも絶やさずに。いつもの、ソーニャだ。


「……ええ。細かい所まで、良くできていたと思うわ。勉強になった」


イデアーレもそう、微笑みながら応えると、ソーニャの微笑みが深くなった気がしたけど、気のせいかも知れない。あああ、この期に及んでまだ迷いが出てしまう。けれど、自分で言ったんだ。確認を取ると。


うん、と、心の中で深呼吸だ。


「ソーニャ様、クラブの後、食堂のカフェに寄らない?新しいスィーツが入ったって!」

「いいですね!ぜひ」


放課後の食堂カフェは、いつもより少し賑わっていた。


「わあ、これ美味しい……!何のベリーだろ」

「北の方から届いた新種だそうですよ。甘酸っぱくて美味しいですよね」


スィーツを頬張りながら、他愛のない話が続く。


「……そういえば」


ソーニャがふと、テーブルの向こうを見ながら呟いた。


「今日、デュオルたち、珍しいですよね。どうしたんでしょう」


独り言のような、でもどこか探るような響き。わたしは一瞬、返す言葉に迷った。


(今しかない、かもしれない)


胸の奥で、覚悟が決まる音がした。


「――ソーニャ様。実は……このブレスレット、気づいてしまったの」


そう言って、袖口からブレスレットを覗かせる。

向かいに座るソーニャの手が、止まった。


「……何を、ですか」

「これに、呪詛が仕込まれてるって。少しずつ、わたしの魔力を削り取るように」


カフェの喧騒が、急に遠くなった気がした。


「――誰からか、聞いたんですか」


声が、震えていた。今まで聞いたことのない硬さで。


「イデアーレが気づいたの。それで、みんなで確かめたって」

「みんな、で」


顔色をなくしたソーニャに、ああ事実なんだと悟ってしまった。


「ねえ、ソーニャ様。文化祭の時にエレナがしていたブレスレットもあなたが渡したの?デュオル様のアンクレットも?二人はソーニャ様の大事な人たちでしょう?今回のブレスレットだって、レン様だって、いいお友だちじゃない。なのに、どうして……こんな……」

「――どうして、って」


ソーニャの声が、低く沈む。テーブルの下で、拳が握られているのが見えた。


「リリアンナ様が、イレギュラーだからでしょう!」


叫ぶような声だった。周りの席から、何人かがこちらを振り向く。


「え……?」


一瞬、何を言われたのか分からなかった。


「イレギュラー、って……」

「――っ」


はっとしたように、ソーニャは自分の口を押さえた。周囲の視線に気づいて、さっと顔を青くする。


「……すみません。少し、外させてください」


椅子を鳴らして立ち上がると、逃げるように出口へ向かう。


「ソーニャ様、待って」


追いかけて、カフェを出る。夕暮れの渡り廊下に、二人分の足音だけが響いた。



校舎の外、人気のない渡り廊下で、ようやく追いつく。


「ソーニャ様!」

「……ついてこないでください」


背を向けたまま、ソーニャが言う。肩が、小さく震えていた。


「さっきの言葉、聞き逃せないわ。イレギュラーって、どういう意味?」

「――知らない。あなたに、何が分かるって言うの」


敬語が、崩れた。初めて聞く素の声。震えて、今にも泣き出しそうな。


「分からないわ。だから、教えてほしいの」

「……っ、嫌よ」


ソーニャは、両手で顔を覆った。


「嫌、嫌、嫌。こんなはずじゃ、なかったのに」


小さく、繰り返す声。それは、わたしに向けたものというより、自分自身に言い聞かせているような響きだった。


「ソーニャ様」


一歩、近づいて、その手首を掴んだ。


「――っ、離して」

「一つだけ、聞かせて。これ、ソーニャ様一人の考えなの?」

「……何を」

「誰かに、そそのかされてる訳じゃないの?」


ソーニャの目が、大きく見開かれた。ほんの一瞬。けれどすぐに、その目にまた硬い膜が張られる。


「――関係ありません」


強く腕を振り払われた。痛みより先に、その拒絶の強さに、胸が締め付けられる。

しばらく無言のまま、ソーニャは肩を震わせて立ち尽くしていた。それから、まだ震えの残る声で、絞り出すように言った。


「……今日は、これで」


去り際、振り返らないまま、小さく続けた。


「――逃げても、無駄ですから」


え、と思う間もなく、その背中は足早に遠ざかっていく。今、あれは。わたしに向けた言葉? それとも、自分自身に?

その後ろ姿が見えなくなるまで、わたしはじっと立ち尽くしていた。


(――やっぱり、何かある)


ただの悪意じゃない。ただの嫉妬でもない。

もっと、根深い何かが、あの子の中にずっと巣食っている。


それに、「イレギュラー」。あの言葉の意味を、まだ、掴みかねていた。

夕暮れの渡り廊下に、一人取り残されて。


「リリー!」 


声のした方を振り返ると、フィスが息を切らして駆けてくるところだった。少し遅れて、マリーアの姿も見える。


「大丈夫か!?何かあったのか、顔が」

「フィス……マリー姉さま」


安心した拍子に、それまで張り詰めていたものが、どっと緩んだ。


「ソーニャ様、行っちゃった。呪詛のこと、全部話したの。でも……」


言葉を続けようとして、うまく続かない。

マリーアがそっと抱き寄せてくれた。


「よく頑張ったわ、リリー」

「……うん」


フィスが、去っていった方角をじっと見つめている。その横顔には、怒りとも心配ともつかない、複雑な色が浮かんでいた。


「追わなくて、いいのか?」

「うん。今は、追わないで」

「……分かった」


三人並んで、夕暮れの渡り廊下に立つ。

ソーニャの言った「イレギュラー」と「逃げても、無駄」という言葉の意味を、私はまだ、掴みかねていて……って、もしかして、イレギュラーって、私が本来は悪役令嬢って知っている?


「もしかして、ソーニャ様……」


私は二人に聞こえぬように、呟いた。



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