80.悲しい事実
晩餐後の、ドゥルキス家の魔道具研究室。
イデアーレは一人、机に向かって緻密な魔法陣を書き込んでいた。そこに、フッ、とイルスが現れる。
『イデア、その術式の解析だけどね』
そう言いながら、ひらりと魔方陣を広げた。
『やっぱり、ただの人間が組んだものじゃないよ。かつて世界を侵食しようとした闇の精霊──魔王の残滓の波長に酷似している』
「やっぱりそうかあ。人間の悪意だけで、愛し子の加護を潜り抜けられるのは難しいもの。……でも、これで逆算ができるわ」
イデアーレが作っているのは、リリアンナが現在身に着けている実習用のブレスレットに組み込むための【逆位相の防護陣】だ。ソーニャの呪詛が再びリリアンナに届いたとしても、その魔力を自動的に相殺し、無害化して周囲の自然魔力へと還元する身代わりの術式。
「リリーは、魔道具を人を傷つけるために使うのが一番嫌いだと言っていたわ。それを、あの子自身に向けるなんて……ちょっと、許せそうにないかも」
でも、リリーなら、とまで考えて、また集中する。
パチ、と小さな光が弾け、防護陣が完成した。
「これでよし。リリーのあの眩しい笑顔は、私たちが守る。……絶対に、曇らせたりはしない」
それは変わらない、と、イデアーレが決意を新たにしたところで、来客を知らされる。
『来たね』
「そうだね。気が重いけど、頑張らないとね」
『……イデアは、大丈夫?辛すぎない?』
「ふふっ、心配ありがとう、イル。さすがに全然大丈夫!とは言えないけれど、もっと辛いのは当人だろうから……」
『……うん、そっか』
二人が微笑み合っていると、ドアがノックされた。
「どうぞ」と応えると、ヒンターとマークスと、グリッタ姉弟、そしてレントールが入ってきた。
そう、これから彼らのブレスレットも解析して……全てを話すのだ。
だから夜に来てもらった。
サーフィスが動くと大事になるので、テンダーと城で留守番だ。
ドゥルキス家へ向かう途中で話を聞かされてきた三人は、ショックを隠せない顔をしていた。
―――それはそうだろう、大事にしていた婚約者だ。エレナも本当の妹のように可愛がっていた。レントールだって、クラブで楽しそうにしているのをイデアーレだって見ていた。
(嫌な役目、だけれど。頑張るのよ、私!)
イデアーレは気合いを入れ直す。
挨拶もそこそこに、それぞれソファーに座ってもらい、ヒンターが「さっそく本題から、よろしいか?」と話し、三人が頷く。
「……僕たちのブレスレットですよね?」
デュオルが、青ざめた顔で己の手首を見つめながら呟いた。それはそうだ。イデアーレの目から見ても、デュオルはソーニャを大切に大切にしていたのだから。
「……デュオル」
負けずに青い顔をし、それでも泣くのを堪えているようなエレナに背中をそっと押され、デュオルは頷いてブレスレットを外し、イデアーレへと差し出した。
隣に座っているレントールも、普段は見せない厳しい顔をしながら、ブレスレットを外して渡す。
「ご協力、ありがとうございます。今から、確認させていただきます。イルス、一緒にお願い」
『うん』
疑惑のブレスレット―――だけれど、大事な人にもらった、大切なもの。イデアーレは丁寧に扱う。
そんな姿をイルスは眩しそうに愛おしそうに目を細めて見ているけれど、残念イデアーレには届かず……とも、解析はほんの数分で終了した。
『君たちのものには呪詛はないね。ただし、リリーの魔力低下を周囲に気づかせないための、カモフラージュ用の魔力循環術式が仕込まれていた。いわば、偽装工作の片棒を担がされていた形だね』
イルスの言葉に、デュオルはきつく拳を握り締め、爪が手のひらに食い込むほどに震わせた。最愛の婚約者が、自分たちを利用して大切な友人を害しようとしていた──その事実が、真面目な彼の心を酷く引き裂いたのは明白だった。
「ソーニャ……」
ずっと堪えていた涙が、すーっとエレナの頬を伝う。
その涙は、どこまでも清らかだった。




