79.報告、連絡、相談
翌朝、まだ生徒たちの姿もまばらな早朝の生徒会室。
扉が閉まった瞬間、室内の温度が急激に下がったかのような錯覚を覚えるほどの威圧感が、その場を支配していた。
「──間違いないんだな、ヒンター」
デスクの後ろで立ち上がったサーフィス殿下──フィスの声は、低く、地を這うような冷徹さを孕んでいた。その美しい顔は、滅多に見せない王族として……いや、大切な人を傷つけられた者として、苛烈な怒りに染まっている。
「ああ。イデアの解析だ、間違いはない。リリーがシュマール嬢からもらったブレスレットの深層には、本人の魔力を少しずつ削り取る極めて精巧な呪詛の術式が編み込まれていた」
ヒンターは静かに、しかし明確に事実を告げる。
「リリーは」
テンダーが、静かに口を開いた。
「今のところ、本人に自覚症状はない。魔力の低下も、まだ気づいていない」
「ブレスレットは今、イデアが持ってるんだよな?」
「ああ」
「じゃあ今すぐ悪化はしない」
「そうだ」
テンダーは一度目を閉じて、それから開いた。感情を整理している、いつもの仕草だ。
「シュマール嬢は、どこまで知ってやってると思う?」
「……分からない、が。何も知らなくはないだろうと踏んでいる」
マークスも、珍しく難しい顔をしていた。いつも明るいマークスが黙っているのは、それだけ事態を重く見ているということだ。
「フィス」
ヒンターは、ずっと黙っているサーフィスに声をかけた。
サーフィスは窓の外を見ていた。
「……怒っていいか」
「怒鳴らなければ」
「怒鳴らない。ただ」
サーフィスは、ゆっくりと振り返った。
「リリーが、何も知らないまま信頼していたんだろう?」
「ああ」
「シュマール嬢のことを、友達だと思っていたんだろう?」
「……そうだ」
「それを利用されたんだろう?」
誰も答えなかった。
答える必要がなかった。
サーフィスは少しだけ、目を伏せた。
「……リリーに言う前に、まずシュマール嬢と話す必要があるな」
「そう思う」
「全部明らかにしてから、リリーには話す。順序を間違えたくない」
「同意だ」
テンダーが頷いた。
「ただ」
マークスが口を開いた。
「シュマール嬢を問い詰める前に、もう少し全体像を掴みたいよね。あのブレスレットは、彼女一人で設計できるものじゃないだろうから」
「イデアも同じことを言っていた」
「繋がりがあるとも考えられるよね。魔王の残滓と」
全員の空気が、また変わった。
「学園祭の時の件から繋がっているとしたら」ヒンターは静かに続けた。「シュマール嬢は、ずっとそこと繋がったまま、この学園にいたことになる」
「リリーの傍に、ずっと」
テンダーの声が、少しだけ低い声で呟く。
「ああ」
部屋がシンと静まり返る。
「さらに気の重くなる話だが」
「あっ、そうだね」
ヒンターが再び口を開き、マークスも何かに気づいた反応をする。
「……グリッタ姉弟だよね」
「……そうだ」
サーフィスとテンダーがハッとする。
「そうだ、リリーだけじゃないよな」
「それに精霊たちにもだよな」
二人は頷きながら確認した。
「精霊様たちには、イデアがイルス経由で伝えてくれることになっている。マリーとリリーはまだ内緒でと頼んで。ブレスレットの解析と解除についても二人が」
ヒンターの言葉に、「あ、そうか。マリーにも内緒か」と、テンダーが言い、「バレたら暴れそうだもんね」と、もはやマークスが聖女扱いせず、「ヤバいかもな、シュマール嬢……」と、勇者のはずのサーフィスが遠い目をして呟き、少しだけ空気が緩む。
「あとは、グリッタ姉弟か」
「だね。あともう一人。グリッタ家の遠縁の。彼もお揃いでとブレスレットをもらったらしい。念のため確認したい」
レントールの話題が出ると、サーフィスとテンダーがピクリと反応をする。
「これ以上ライバルが増えなきゃいいけどな……」
「同意だ」
「フィス、テンダー、気持ちは分かるけど、今はそれは横に置いてね?」
マークスに圧のある笑顔で言われ、二人は「ハイ」と黙った。
「……エレナ嬢は」
気を取り直して、サーフィスが話し始める。
「あれから、ずっと努力している。あの、真摯な反省が、嘘とは思えない」
全員が頷く。
「デュオルくんも、そうだろう。……だからこそ、確認が必要だ」
ヒンターのその言葉にも、全員が苦く頷いた。




