78.ヒンターは考える
イデアーレからの報告は、想定の範囲内だった。
やはり、仕込みがあった。
ヒンターは報告を聞きながら、静かに怒りを処理していた。怒りを表に出しても何も解決しない。今必要なのは、順序を整えることだ。
「よくやった、イデア。ブレスレットはそのまま預かっていてくれ」
「ええ。もう少し詳しく解析するわ」
「頼む。それと確認だが、このことはまだリリーには言うな」
「分かってるわ。けれど、リリーとマリーだけじゃなくて、エレナ様やデュオルくんもショックを受けると思う。そちらもどうしようかしらね」
「あ~!そうだ。二人も、だな……。下手したらいや、間違いなくリリーよりもショックを受けるよな……」
はあっ、と、イデアだけなことに甘えて、大きくため息を吐いてしまうが、許してほしい。
「精霊様たちにもだよね?」
「そうだな。リリーたちには内緒にしてもらうようにお願いして……」
「イルスから伝えてもらおうか?あのブレスレットの解析を手伝ってもらうつもりだし。それと、効果を打ち消すものを作らないと」
「ありがとう。そうしてくれると助かる。いろいろ頼んで申し訳ないくらいだが」
「ううん、むしろやらせて。前の事件の時も思ったけど、魔道具を人を傷つけることに使うのは許せないもの。隠してというのがますます気に入らない」
普段より圧が強めだったイデアーレが退室するのを見届けて、ヒンターは椅子の背にもたれた。
窓の外に、夜が来ていた。
シュマール嬢。
どこまで知っていて、どこまでやっているのか。
あの中庭でのお茶の時に感じた違和感を、今更ながらに思い出す。マリーアを見る目が、人を見ていなかった。物語の駒を確認する目だった。
ヒンターは長い付き合いだからこそ、マリーアのことは少し過剰に見てしまう自覚がある。だから最初は自分の思い過ごしかとも思った。
でもイデアーレが確認してくれた。
これは事実だ。
問題は、次にどう動くかだ。
シュマール嬢を問い詰める前に、もう少し全体像を掴みたい。彼女が単独で動いているのか、誰かと繋がっているのか。あのアーティファクトは、彼女一人で設計できるものではない。
誰かが、いる。
学園祭の時に現れた魔王の残滓との繋がりも、疑うべきかもしれない。
ヒンターは立ち上がって、窓際に歩いた。
今夜、フィスに話すべきか。
話せば、フィスは怒る。リリアンナに関わることだから、怒るのは当然だ。でもフィスが怒りに任せて動けば、シュマール嬢を追い詰めすぎる可能性がある。
テンダーは冷静だが、リリアンナへの気持ちがある分、やはり判断が揺れるかもしれない。
マリーアは——おそらく、一番怖い。聖女の顔ではなく、リリーの姉として動いたら、シュマール嬢がどうなるか。
(……順序を間違えたくない)
ヒンターは窓の外を見た。
街の灯りが、点々と夜に浮かんでいる。
どこかの部屋に、リリアンナがいる。今日作ったブレスレットを手首に通して、何も知らないまま、笑っているかもしれない。
それから、どこかの部屋に、シュマール嬢がいる。
ヒンターは少しだけ目を細めた。
シュマール嬢が何を望んでいるのか、まだ分からない。でも一つだけ確かなことがある。
あの子は、リリアンナのことを道具だと思っている。
それだけは、許せなかった。
「フィス」
独り言のように、名前を呼んだ。
「明日、話す」
覚悟を決めて、ヒンターは書類に向かい直した。
今夜中にやれることをやっておく。
それがヒンターの、いつものやり方だった。




