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異世界転生を果たした、おば、コホン、お姉さまは、お嬢様生活のために悪役回避、頑張ります!  作者: 渡 幸美
第四章 聖女と勇者と精霊と

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77.イデアーレの勘

「あら?」


おかしい、と思ったのは、ほんの些細なことだった。

魔道具研究会の活動中、リリアンナが光の玉を作る練習をしていた時のことだ。

イデアーレは隣で別の研究をしながら、横目でリリアンナの魔力の流れを何となく確認していた。いつもの癖だ。魔道具師として、周りの魔力の動きを無意識に追ってしまう。

リリアンナの魔力は、いつも気持ちの良い流れ方をする。風みたいに、淀みなく、すっと伸びる。愛し子らしい、伸びやかな流れだ。 


なのに今日は。


(……あれ)


ほんの一瞬、流れが詰まった。

糸がどこかで細くなっているような、微かな引っかかり。リリアンナ本人は気づいていない。光の玉はちゃんとできている。誰が見ても、いつも通りだ。


でも。


(気のせい、かな)


イデアーレは手元の作業に戻った。

それが最初だった。

二度目は、一週間後。

廊下でリリアンナとすれ違った時に、ふと感じた。

魔力の輪郭が、ほんの少しだけ、前より薄い。

本当に微かな差だ。体調のせいかもしれない。睡眠不足でもそうなる。授業が増えて疲れているだけかもしれない。 


でも。


(二度、同じ感覚がした)


イデアーレは研究室に戻って、ノートを開いた。

魔力干渉のパターンを、書き出してみる。

外部からの干渉で、本人が気づかない程度に魔力の流れを細くする方法。理論上はできる。ただし、相当精巧な細工が必要で、継続的に接触できるものに仕込む必要がある。

接触できるもの。

毎日身につけているもの。 


(……ブレスレット)


脳裏に、ソーニャがリリアンナに渡していたブレスレットが浮かんだ。

入学してひと月の頃だった。シュマール商会の試作品、と言っていた。魔力安定のブレスレット。その時、イデアーレも一応確認した。異常はなかった。


でも。


(あの時は、起動前だったとしたら) 


起動前の魔道具は、仕込んだ術式が眠っている。魔力を通して初めて動き出す。リリアンナが着けた瞬間に魔力が通って、術式が起動したとしたら——あの時の確認では見抜けない。

イデアーレはノートを閉じた。

確かめなければ、と思った。

でも同時に、もう一つ思った。


(わたしだけで動くのは、よくない)


これは、リリアンナの身体に関わることだ。そしてソーニャに関わることでもある。一人で抱えて動けば、取り返しのつかない誤解を生む可能性がある。

誰かに話す必要がある。

マリーアか、フィスか。

でも、もし確信のない段階でリリアンナ本人に伝えたら、あの子は絶対に「ソーニャ様を疑わないで」と言うだろう。


(誰が一番、冷静に動ける?)


少し考えて、一人の顔が浮かんだ。


「イデア? 珍しいな、君から連絡をくれるなんて」


翌日、放課後の生徒会室。

書類の山に埋もれていたヒンターが、顔を上げて少し目を丸くした。


「少し、時間をもらいたくて。お仕事大丈夫?」

「もちろん。座って」


イデアーレが向かいの椅子に腰を下ろすと、ヒンターは書類を脇に寄せて、真っ直ぐにイデアーレを見た。


「何かあったか?」

「……まだ確信はないのだけれど」


イデアーレは、手元でペンを回しながら話し始めた。

リリアンナの魔力の変化に気づいたこと。二度、同じ感覚がしたこと。ブレスレットに仕込みがある可能性があること。

ヒンターは黙って聞いていた。

途中で遮らなかった。相槌も最小限だった。ただ、静かに聞いていた。


「……以上です。まだ推測の域をでないのだけれど」

「いや、十分だ」


ヒンターは少しだけ目を細めた。


「実は、俺も少し引っかかっていたことがある」

「ヒンターも?」

「シュマール嬢のことだ」


イデアーレが、ペンを止めた。


「先日、マリーたちと中庭でお茶をした時のことなんだが」ヒンターは少しだけ言葉を選ぶように間を置いた。「彼女がマリーを見る目が、少しだけ、気になった」

「気になった、というのは」

「人を見ている目じゃなかった。物語の登場人物を、筋書き通りに動かそうとしている人間の目、とでも言えばいいか」


イデアーレは黙った。

ヒンターの言葉は、いつも少し詩的すぎて分かりにくい時がある。でも今回は、なんとなく分かった。


「確信はなかったから、誰にも言えずにいた。イデアがそれを言ってくれたことで、少し整理がついた」

「……繋がるわよね」

「ああ、繋がる」


ヒンターは立ち上がって、窓の外に目を向けた。

夕暮れが、校舎の影を長く伸ばしている。


「どう動く? まずブレスレットを調べるか」

「調べたい。でもリリーから取り上げると、気づかれるわ。彼女は絶対にソーニャさんを庇う」

「そうだな」

「眠っている間に確認できれば一番いいんだけど、それも難しくて」

「待て」


ヒンターが、ふと顔を向けた。


「次の魔道具部の活動日はいつだ?」

「明後日よ」

「その日、リリーに新しいブレスレットを作らせることはできるか。理由をつけて、今のものを外させる流れで」 


イデアーレは少し考えた。


「……できるわ。初級の魔力調整の実習として、ブレスレット型の魔道具を作る課題を出せば、自然に外すことになる。比べてみたいって言えば、今のも一緒に持ってきてくれるはずで」

「その隙に確認できるか」

「できる。五分もあれば」


ヒンターが、小さく頷いた。


「君に頼んでいいか」

「はい」

「確認できたら、まず俺に報告してくれ。その後の動きはみんなで決める」

「分かったわ」


イデアーレは立ち上がって、それからふと聞いた。


「リリーに、いつ話す?」


ヒンターは少しだけ、遠い目をした。


「確証が取れてから、だ。あの子に中途半端なことは言えない。シュマール嬢のことを信じているのだろう?」

「……そうね」

「それが、あの子の良いところでもあり、今回に限っては、少し困るところでもある」


ヒンターは苦く笑った。

イデアーレも、同じ気持ちだった。


魔道具部の活動日。 


「みんな今日はブレスレット型の魔道具を作ってみましょう。魔力調整の初級実習として、ちょうど良い課題だから」


イデアーレが課題を告げると、部員たちが一斉に動き始めた。


「わあ、ブレスレット? 可愛い!」


リリアンナが目を輝かせる。


「今つけてるのと比べてみたいから、外しておいてもらえる? 今日の作業中は邪魔になるかもしれないし」

「あ、そうね。じゃあここに置いておくわ」


リリアンナは何の疑いもなく、ブレスレットを外してテーブルの端に置いた。

イデアーレは手元の作業をしながら、それを視界の端に入れていた。

十分後。


「ちょっとごめんね、参考にしていい?」

「もちろん!」


自然な流れで手に取って作業台の裏側へ移動し、ごく短い時間だけ、魔力を通して確認した。

表面上の術式は、確かに「魔力安定」のものだ。

でも、その下に、もう一層。


(……やっぱり) 


細い、本当に細い干渉の糸が、何本も編み込まれていた。単体では機能しない。着用者の魔力が日々通り続けることで、少しずつ活性化する仕組みだ。


精巧だった。


シュマール商会の技術力で作られたとしても、これは通常の魔道具師には難しい。誰かが特別な知識で設計している。

イデアーレは何も表情に出さないまま、ブレスレットをテーブルに戻した。


「ありがとう、参考になった」

「役に立てて良かった! ねえ、イデア、これどうやったら光る素材と組み合わせられるの?」

「教えてあげる。来て?」

「やった!」


リリアンナが、嬉しそうについてくる。

その手首に、もうブレスレットはない。

イデアーレは内心で、小さく息を吐いた。

このまま活動が終われば、リリアンナはブレスレットをまた手首に通すだろう。

それを止める理由を、今日中に作らなければいけない。


「イデア、どうかした? なんか顔が難しいよ」

「……ちょっと計算が合わなくて」

「魔道具の?」

「うん」


リリアンナが、心配そうに覗き込んでくる。


(ごめんね、リリアンナ)


まだ、言えない。

でも、必ず言う。

ちゃんと確かめてから、必ず。


「大丈夫。もう少しで解けそうだから」

「そっか! 困ったことがあったら言ってね」

「ありがとう」


リリアンナが、また作業に戻っていく。

イデアーレは手元の道具を整えながら、窓の外に目をやった。

今頃ヒンターは、生徒会室にいるだろう。

報告を待っている。


(やっぱり、繋がっていた。私だって、彼女を信じたかったのに。でも)


静かに、しかしはっきりと、覚悟を決めた。

活動終了後、リリアンナがブレスレットに手を伸ばした瞬間。


「あ、それなんだけど」


イデアーレが、自然に声をかけた。


「今日作ったのと比較実験をしたいから、しばらく預からせてもらえる? 一週間くらい」

「え、そうなの? もちろんいいけど」

「ありがとう。研究のためだから」

「イデアの研究なら喜んで!」


リリアンナは笑顔で頷いて、今日作ったばかりのブレスレットを代わりに手首に通した。


「うん、これも可愛いし。でもイデア、そのブレスレット、お揃いのだから大事にしてね。イデアだから大丈夫なのは分かっているんだけど」 

「もちろんよ。……大事に扱うわ」

「うん!」


眩しい、リリーの笑顔。


その笑顔を見ながら、イデアーレは思った。

絶対に、守る。

これはわたしにできることだから。


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