挿入話 ソーニャ=シュマール 2
日常は進んでいく。
「ねぇ、ソーニャ様。これ、見て」
放課後の教室で、リリアンナが魔道具部で作ったらしい小さな光の玉を差し出してきた。ころころと手の平の上で転がる、温かい光だ。
「まあ、かわいい。これ、どうやって?」
「イデアに教えてもらったの。風魔法の応用でね、こう……」
リリアンナが、楽しそうに説明をする。
ソーニャはその光を、まじまじと見つめた。
(魔力の流れ、少しだけ細くなってきている)
ブレスレットは順調に機能していた。本人は気づいていない。愛し子の力はまだ十分に残っているが、少しずつ、確実に。
「ソーニャ様?」
「あら、ごめんなさい。きれいだなと思って」
「でしょう?!」
リリアンナが、ぱっと顔を輝かせる。
その笑顔を見て、思う。
(本当に、きれいだと思ってしまった)
その事実を、素早く頭の隅に追いやる。
感傷は要らない。計画に感情は邪魔だ。
「ソーニャ、今日も一緒に帰ろうぜ」
レントールが鞄を担いで近づいてくる。
「デュオルは?」
「何か先生に頼まれてた。先に行っといてくれってよ」
「そう。じゃあ、リリアンナ様もご一緒に?」
「うん、行く!」
三人で並んで、廊下を歩いた。
レントールが下らないことを言って、リリアンナが笑って、私も笑った。
「ソーニャって、最初はもっと固い感じかと思ってた」
廊下の角を曲がりながら、レントールが言った。
「失礼ね」
「褒めてるんだよ。何か、意外と一緒にいると楽にいられるっていうか」
「……そう?」
「うん。なんかこう、ちゃんとしてるのに、ちょっとだけ隙があるっていうか」
「隙?!」
「え、リリアンナさまも思わない?」
「思う!なんか、一緒にいると安心するのよね。ソーニャ様って」
二人に挟まれて、前を向いたまま、黙った。
安心する。
その言葉が、思いのほか胸に刺さって、少しだけ困る。
「……ふふ。お二人とも、おかしなことを言うわね」
「おかしくないって」
「そうよ?」
私は笑顔を貼り付けて、前を向いた。
(おかしくない、か)
学園の出口が見えてきた。
夕暮れの光が、廊下に長く伸びている。
橙色と、少しの紫。
(……きれいな色)
思って、すぐに打ち消した。
ここは、物語の。ただの舞台なのだから。
「じゃあ、また明日ね」
「またね、ソーニャ様!」
「またな!」
別れ際、リリアンナが振り返って手を振った。夕暮れを背中に受けて、逆光の中で笑っている。
私も、手を振り返した。
完璧な笑顔で。
馬車の中でデュオルを待ちながら、自分の胸の中を確認する。
揺れていない。
ちゃんと揺れていない。
「当然よ」
独り言が、夕暮れの風に溶けた。
その夜。
「クロ。進捗を確認したいのだけど」
部屋に戻ってから、ソーニャはいつものように報告をした。
クロは静かに聞いていた。
「魔力の低下は予定通り。ただ、愛し子の精霊の加護がある分、もう少し時間がかかるかもしれない。焦らない方がいいわよね」
『そうだね』
「あと、転生者かどうかの件。少し確かめてみたけど、まだ判断できないわ。前世の記憶がある人間にしては、あまりにも自然にこの世界を生きてる」
『そうだね』
「クロ?」
いつもより相槌が短い。
クロの顔を覗き込む。
紫の瞳が、ぼんやりと窓の外を見ていた。
「どうかした?」
『なんでもない』
「今日、ぼんやりしてるわよ」
『……夕暮れの色が、好きだなと思ってた』
ソーニャは少しだけ目を細めた。
「何、急に」
『別に。ただ、きれいだなと思っただけ』
「……そう」
それ以上聞かなかった。聞いても答えてくれない気がして。
クロが窓の外を見ている横顔を、少しの間だけ眺めた。
クロがこんなことを言うのは、珍しかった。
でも、まあいい。
「明日も、計画通りに進めるわ」
『うん』
「おやすみ、クロ」
『おやすみ』
ランプを消した。
暗闇の中で、私はすぐに目を閉じた。
眠れた。
いつも通り、すぐに眠れた。
それだけで十分だった。
窓際で、クロは一人、星を見ていた。
長い間、ただ見ていた。
何も言わなかった。
ただ、夕暮れの色を思い出していた。
橙色と、少しの紫。
それから、もっと昔に見ていた色を。




