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異世界転生を果たした、おば、コホン、お姉さまは、お嬢様生活のために悪役回避、頑張ります!  作者: 渡 幸美
第四章 聖女と勇者と精霊と

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挿入話 ソーニャ=シュマール 1

「ああ、今日も楽しかったな……」


部屋で一人言ちてハッとする。

わたし、今、何て言った?


「待って、違う、だって、」


言いながら1日を反芻してしまう。

魔道具部の先輩たちの、大袈裟なくらい温かい拍手。イデアーレの丁寧な指導。レントールのあの個性的すぎる仕上がり。デュオルのため息交じりの苦笑い。

そして、リリアンナの笑い声。


「……っ」


ぶんっ、と首を振った。

鏡台の前に座って、自分の顔を見た。

頬が、ほんの少しだけ赤い。


(今日も楽しかったな)


また、そう思った。思ってしまった。

鏡の中の自分を、じっと見つめた。


『何か嫌じゃない。ちゃんとしないと』

『正しい話が好きなんです』


自分が言った言葉を思い出す。

あれは本心だ。いつだって本心だ。曲がったことは嫌いだ。正しくありたい。


前世で両親からずっと言われていた。正しさは、守らなければならい、美しいことで。間違えたらバチが当たると、間違えは正さなければならないと。それが人の道だと。


……だから、あまり友だちもできなかったけど。だって、正しく美しいものを見ているのは清々しくて、自分も綺麗になれる気がして。


だから物語を正しい形に戻すことも、正しいことだ。

リリアンナが笑いかけてくれても。

デュオルが隣で笑っていても。


『そうよ、ソーニャさん。ヒンターの言う通り、わたくし、普段はリリーやエルとぎゅっぎゅしてばかりの、ただのお姉ちゃんなのよ』


『わたくしはね、人って完璧じゃない部分もひっくるめて面白いと思うのよ。正しくない部分があっても、その人がどうしてそうなったかを知ると、全然違って見えたりするし。精霊さんだって、妖精さんだって、完璧じゃないところがあるから愛しいのかもって思うの』


「っ、だから、違う!」


一瞬、揺らいだのはきっと気のせいだ。きっと浮かべたであろう微笑みも、ただの外面だ。


「ちゃんと、しないと」


声に出して言った。

鏡の中の自分が、同じ口の動きで繰り返す。

そうだ。ちゃんとしないと。

リリアンナは悪役だ。物語を歪める存在だ。それは変わらない事実だ。

いくら笑顔が可愛くても。

いくら一緒にいると楽しくても。

いくら——。


「……やめ」


小さく、自分に言い聞かせた。

足元に、音もなく黒い気配が滲んだ。


『今日も順調だね、ソーニャ』


クロが、床から溶け出るように現れた。ふわふわの毛並みと、くりくりした紫の瞳。見た目はどこまでも愛らしいのに、声だけが夜の底みたいに静かだ。


「ええ。ブレスレットも上手く渡せたわ。ずっとつけてくれている。イデアーレの腕輪にも引っかからずにいるわ」

『そうだね。よくできてる。少しずつ、気づかれない程度に』

「もちろん。急ぎすぎたら意味がないもの」


クロを抱き上げて、その額に自分の額をくっつけた。

冷たい。

いつも、少しだけ冷たい。


「クロ。ブレスレットの効果が出るのはいつ頃?」

『一ヶ月から二ヶ月かな。本人も気づかない程度に魔力の流れが鈍くなる。愛し子の力が少し落ちれば、封印の維持にも響いてくる』

「そう」


ゆっくりと目を閉じた。

リリアンナの手首に光るブレスレットを思い出す。


『ありがとう、ソーニャ様。大切にするわね』


そう言った笑顔を思い出す。


「……」

『ソーニャ?』

「なんでもないわ」


目を開けて、クロを見た。


「ただ、確認していただけ。これで正しいのよね」

『もちろん。これが正しいよ』

「そう」


クロを膝の上に下ろして、もう一度鏡を見た。

頬の赤みは、もう引いていた。


「転生者かどうか、もう少し確かめた方がいいかしら。リリアンナが転生者だとしたら、物語への関与の仕方も変わってくるし」

『賢いね。でも焦らなくていいよ。今はただ、仲良くしていればいい』

「分かってる。楽しみは、ゆっくり取っておくものよ」


そう、微笑んで。

鏡の中の自分が、同じように微笑み返す。

完璧な笑顔だった。

明日も、この笑顔でいられる。

それだけのことを確かめて、ソーニャはランプを消した。



ソーニャが眠りに落ちると、暗闇の中でクロだけが紫の瞳を光らせていた。


『……』


クロは、しばらくの間、暗闇の中でじっとしていた。

ソーニャの寝息が、規則正しく聞こえ始める。

やがてクロは、音もなく窓際に移動した。

窓の外に、星が出ていた。


『……』


何も言わなかった。

ただ、星を見ていた。


どのくらいそうしていたか。


やがてクロは、静かに窓から目を逸らした。

そしてソーニャの眠る方へと戻って、小さく丸くなった。

その横顔は、夜の中に溶けて、見えなかった。


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