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異世界転生を果たした、おば、コホン、お姉さまは、お嬢様生活のために悪役回避、頑張ります!  作者: 渡 幸美
第四章 聖女と勇者と精霊と

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75.新しくて楽しい日常

王立学園の授業は、なかなか侮れない。


「では、サバンズ君。この魔法陣の欠けている部分を補いなさい」

「はい」


魔法理論の授業中、先生に指名された。黒板に描かれた複雑な魔法陣を見る。

……うん、分かる。分かるわよ。

でも待って。これ、補い方が一つじゃない。


「先生、確認なのですが、この魔法陣の目的は攻撃魔法の補助ですか、それとも精霊との共鳴を想定していますか」

「……なぜそう思う?」

「この部分の流れが、どちらにも解釈できるので」


先生が、少しだけ目を細めた。 


「……続けなさい」

「攻撃補助であればここを閉じる方が効率的ですが、精霊との共鳴を想定するなら開放系にした方が応用が利きます。どちらの目的かによって、補い方が変わってくると思いまして」


しん、と教室が静かになった。

あら、まずかったかしら。でも間違ったことは言っていないはず、たぶん。


「……よろしい。よく気づいた」


先生が、珍しく目を丸くしている。


「この問いには、実は二つの正解がある。それを指摘した生徒は、この学年で初めてだ」


どっと、教室がざわめいた。 

「リリアンナ様すごい」「さすが愛し子」「でもどうして分かったんだろう」とか、いろいろ。


「え、あ、その、勘です!」


大慌てで付け加えたら、また教室がざわめいた。今度は笑い混じりで。


(勘と言うか。説明のしようがないのよねぇ。ルシーの加護のお陰ってことにしておこう。たぶんそれもありそうだし)


「勘、か」


先生が、おかしそうに口の端を上げた。


「良い勘を持っているようだ。その勘を、きちんと理論で裏付けられるようにしなさい」

「はい、頑張ります」


隣の席からくすくすという笑い声が聞こえた。


「リリアンナ様、さすがですわ」


ソーニャが、目を輝かせてこちらを見ている。


「勘ってどんな勘なんですか、もう少し詳しく教えてもらえます?」

「えっと、なんというか、こう、流れが気持ち悪い感じ? がする」

「……気持ち悪い」

「言い方が悪かったわね。えっと、詰まってる感じ、かしら」

「詰まってる」


ソーニャが、真剣な顔でメモを取り始めた。


「なんでメモするの」

「だって、参考になりそうで」

「なる?!」

「リリアンナ様の感覚って、魔力の流れを肌で読んでいる感じがするんです。わたくし、どちらかというと理論から入るタイプだから、羨ましくて」

「そ、そう? でもソーニャ様みたいに理論がしっかりしている方が、絶対に応用が利くわよ?」

「じゃあ、教え合いっこしましょう」

「いいわね!」


ふふふ、と二人で笑い合っていたら、後ろからデュオルの「授業中ですよ」という苦言と、レントールの「ウッセー」という返しが聞こえてきた。


「「レントール!」」


二人がかりで注意されたレントールが、大げさにのけぞった。

先生が、苦笑しながら授業を再開した。



放課後の魔道具研究会は、入部して一ヶ月が経った今、すっかり居心地の良い場所になっていた。

「リリー、ここの接続、もう一度やり直してみて」

「ここ?」

「そう。魔力の通り道が少し歪んでいるから、丁寧に」


イデアーレが、手元を覗き込みながら指示をしてくれる。近くにいると、魔道具師としての集中した空気が伝わってきて、思わず背筋が伸びる。


「……こう?」

「うん、いい。綺麗になった」

「やった!」

「レントール、あなたは逆。歪めすぎ」

「え~、これくらいでよくない?」

「よくない。魔力が漏れる」

「ちぇー」


先輩たちが、レントールのやり取りに笑いながら「イデアーレ先輩に言われたら諦めろ」と声をかける。

この研究会の先輩たちは、みんな少しヲタ気質だけど、底抜けに優しい。一年生の拙い作業にも丁寧に付き合ってくれる。


「デュオルくん、そっちはどう?」

「……何とか、できました」

「見せて。……うん、丁寧でいいわね。あなたは几帳面だから向いているかもしれない」

「ありがとうございます」


デュオルが少しだけ照れた顔をしている。珍しい。


「ソーニャさんは?」

「できました!」

「見せて……これ、すごく綺麗ね」

イデアーレが、素直に感心した顔をした。

「魔力の流れが、本当に丁寧。どこにも無駄がない」

「ありがとうございます! ちゃんとしていないと、嫌で」

「その感覚、大事にして」


ソーニャがはにかんで頷く。


「ソーニャ、やっぱ細かいな~。リリアンナさまと真逆だ」

「レン!」

「褒めてるって。二人ともそれぞれ良いとこあるじゃん」

「……珍しく良いことを言うわね」

「珍しくとは何だ!」


レントールが騒いで、デュオルが窘めて、ソーニャが笑う。

私も笑った。

こういう時間が、好きだと思う。

小さい頃から、人と笑い合う時間が好きだった。精霊さんや妖精さんが好きなのも、きっと同じ気持ちからきているのかもしれない。誰かの傍にいて、温かい気持ちになれる時間。


「リリアンナ様?」


ソーニャが、こちらを覗き込んでいた。


「どうしたのですか?急にぼんやりして」

「ちょっと幸せだなと思って」

「え?」

「こういう時間が好きだなって」


ソーニャが、少しだけ目を丸くした。


「……わたくしも」


小さな声だった。

でも、ちゃんと聞こえた。


「でしょう! ねえ、帰りにお茶していかない?」

「行く行く!」

「もちろんです!デュオルも行くわよね?」

「仰せのままに」


デュオルが大袈裟に言って、みんなで笑う。

小さな幸せの積み重ねだよね。



そして帰り道、学園の中庭を抜けながら。


「ねえ、ソーニャ様って、どんなものが好きなの?」 


聖女大好きなのは知っているけどさ。

何となく聞いてみた。


「どんなもの、ですか?」

「うん。部活以外で、夢中になれるものとか」

「……本を読むのが好きです。特に、物語が好きで」

「わかる! どんなお話が好きなの?」

「綺麗に完結するお話が好きで。伏線が全部回収されて、正しい人が報われて、そうあるべき結末に辿り着く、そういうお話が」

「分かるわ。読んでいて気持ちいいのよね、そういうの」

「そうなんです」


ソーニャが、少しだけ嬉しそうな顔をした。 


「リリアンナ様は?」

「わたくし? 美味しいものを食べることと、妖精さんや精霊さんを見ること! あとは、いろんな人を眺めるのも好きかな。なんというか、この人はどんな毎日を過ごしているんだろうって、ついつい想像しちゃうの」

「人間観察ですね」

「そう! 歩きながらでも、授業中でも、ついやってしまって」

「ふふっ。確かに、リリアンナ様はよく人を見ていますよね」

「そう?」

「ええ。授業でも、部活でも。みんなのことを、ちゃんと見てる」


ソーニャの声が、少しだけ穏やかになっていた。


「……そういうのって、どうして自然にできるんでしょう」

「どうして、って?」

「人のことを、ちゃんと見ようとすること。わたくし、どちらかというと」


ソーニャは少しだけ、言葉を選ぶように間を置いた。


「正しいか正しくないか、で見てしまうから」

「それが悪いとは思わないけど」

「でも、リリアンナ様みたいには、できなくて」


私は少しだけ考えた。


「わたくしはね、人って完璧じゃない部分もひっくるめて面白いと思うのよ。正しくない部分があっても、その人がどうしてそうなったかを知ると、全然違って見えたりするし。精霊さんだって、妖精さんだって、完璧じゃないところがあるから愛しいのかもって思うの」

「……そう、ですか」


ソーニャが、前を向いたまま静かに聞いている。


「完璧に正しい存在なんて、きっとないわよ。それよりも、どうありたいかの方が大事な気がするの、わたくしは」

「どうありたいか」

「うん」


しばらく、二人で歩いた。

夕暮れの風が、ゆっくりと吹いていた。


「……リリアンナ様」

「なに?」

「今日、話してくれてありがとうございました」

「こちらこそ。ソーニャ様が話してくれたから、わたくしも話せたのよ」


ソーニャは、小さく頷いた。

その横顔が、少しだけ、いつもと違う気がした。

柔らかい、とでも言えばいいのか。

何かを考えているような。


「ほら、さっさと行くぞ。あの店のクロワッサンが売り切れちまうぞ」

「そうだった!」


レントールに言われて、二人で慌てる。


「でも走ったらダメですよ」


オカンデュオルに窘められて、早歩きにする。


楽しい、寄り道のできる放課後。

これが、ずっと続きますように。


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