74.お揃いのブレスレットと、何か
「あの、リリアンナ様。こちら、良かったら、なんですけど」
学園が始まってから、ひと月が経とうとしているいつもの朝、ソーニャがもじもじしながら小さな箱を差し出してきた。
私は彼女への最初の頃の違和感はすっかり感じなくなっていて、変わらず仲良くしている。
(同級生の友だち大事だもんね。ただの聖女ヲタを難しく考え過ぎてたな~、私。ダメねぇ、オバちゃんは疑い深くって)
などと反省したのであった。
ともかく、今はこのかわいらしい小箱だ。
「まあ、何かしら?」
箱を開けると、そこには小ぶりな魔石があしらわれた、上品な細身のブレスレットが並んでいた。
「わ、可愛い!」
「本当ですか?こちら、シュマール商会で新しく試作した『魔力安定のブレスレット』なんです! デュオルとレンの分もお揃いで作ってもらったんですよ。もちろん、わたくしも!」
ソーニャはそう言って、腕を上げて見せる。光が反射して、キラキラきれいだ。
私たちのは綺麗な透明に近い石で、デュオルとレントールのものは少し落ち着いた色味になっている。
「わあ、お揃いだなんて素敵!いただいていいの?」
「もちろんです!あの、リリアンナ様とずっとお友だちでいたくて……!あっ、それと、良かったらシュマール商店をご贔屓に!」
最後のちゃっかりさんまで含めての、このあざと可愛さよ。
「デュオルとレンもつけてみて?」
「ありがとう、ソーニャ」
「俺までありがとな。お、結構軽いじゃん」
ソーニャに促され、二人ともすぐに腕に通し。わたくしもさっそく左手首に着けてみると、ほんのりと肌に馴染むような温かさを感じる。
「ありがとう、ソーニャ様。大切にするわね」
「ふふ、嬉しいですわ! リリアンナ様に一番似合っています」
小リスのように愛らしく微笑むソーニャ様。その笑顔に偽りはないように見えた。
もちろん、イデアーレの腕輪の反応もなくて。
でも私は後で、薄い悪意の存在を思い知ることになるのであった。しゅん。
そして放課後。今日は部活がお休みの日で、ソーニャと中庭のテラス席へと足を運ぶ。
ここは生徒が自由に使える憩いの場で、日直のデュオルを二人でお茶をしながら待つことにしたのだ。デュオルは毎日ソーニャを送迎しているんですってよ!婚約者の鏡だねぇ。
「あら、リリー。それにソーニャさんも。ごきげんよう」
そこへお姉様──マリーア姉さまが、可憐な聖女の微笑みで声をかけてきた。
「マリー姉さま!あっ、今日は手芸部もお休みよね?よろしければお茶をご一緒しましょ!」
「せ、聖女マリーア様……! 先日は、不躾に話しかけてしまいましたのに、温かく迎えてくださり本当にありがとうございました……!」
ソーニャ様は胸の前で両手を握りしめ、感激のあまり涙目になっている。
先日って、話したの部活紹介の日で結構前だけどな?テンパり具合までがかわいいから許す。
「そんなに畏まらないで?リリーの大切なお友達なんですもの。遠慮せずにお邪魔してもいいかしら?」
マリーアに促され、ソーニャは「はひぃ」とおかしなことになりつつも何とか返事を返していた。その、どこからどう見ても『推しを前にした限界オタク』そのものの姿に、私が微笑ましくお茶を注いでいると──。
「おや、サバンズ家のお嬢様方がお揃いで。休憩かい?」
生徒会室がある本校舎の方から、書類を抱えたヒンターが通りかかった。どうやら役員のお仕事の移動中だったようだ。
「あ、ヒンター!お仕事お疲れ様。よければ、お茶を一緒にどう?」
「ありがとう、マリー。ちょうど少し息を抜きたかったところなんだけど……女子会にお邪魔してもいいかい?一年生のお嬢様方」
「特別に許すわ」
「くくっ、ありがとうリリー」
ソーニャはいっぱいいっぱいらしく、ひたすら首を縦に振っていた。
ヒンターはいつものオカンらしい包容力のある笑顔で、マリーアの隣の席に腰を下ろした。マリーアも、手慣れた様子でヒンターの分のお茶を手際よく用意する。
「生徒会、忙しそうね?」
「あっという間に文化祭になるからね。手回しを始めないと。優秀な聖女様が手伝ってくれたらありがたいのだが」
「聖女様は部活に全力なのよ」
「それは残念」
「……まあ、たまにはお茶くらい淹れてあげなくもないけれど」
「はは、その優しさが沁みるな」
何かしら、この自然な空気感、すでに熟年夫婦の趣すらあるわね……!
「失礼、シュマール嬢、だったね。確かマリーのファンだとか」
思わず二人をじっと見つめていると、ヒンターがそつなくソーニャへと話を振る。
「はい……! 創世記の勇者様と聖女様のお話が、本当に大好きで……。お二人が並び立つお姿は、まさにこの世の奇跡ですわ。マリーア様には、いつまでもその正しく美しいお姿でいていただかなくては……!」
一瞬動揺しながらも、すぐに熱っぽく語るソーニャ。
私はいつもの聖女熱と聞き流していたけれど、その言葉を聞いた瞬間、ヒンターがわずかに眉を動かした。
(……ん?)
ヒンターの視線が、じっとソーニャに向けられる。
それは、単なるファンを眺める目でなく。ソーニャの目が、マリーアを『一人の人間』として見ておらず、まるで自分の知る完璧な物語の枠にハメ込もうと『観察』しているような、奇妙で冷徹な熱を帯びていることに、鋭く気づいたようだった。
「シュマール嬢。マリーは確かに素晴らしい聖女だが、普通の女の子でもあるんだ。あまり完璧を求めすぎると、彼女も困ってしまうよ」
ヒンターが、さりげなく、しかし明確にマリーアを庇うように言葉を挟んだ。
「え……?」
「そうよ、ソーニャさん。ヒンターの言う通り、わたくし、普段はリリーやエルとぎゅっぎゅしてばかりの、ただのお姉ちゃんなのよ」
マリーアは少し照れたようにクスリと笑い、ヒンターの方をチラリと見る。
「もう、ヒンターってば過保護なんだから。わたくしが困る前に、いつも先回りして心配しすぎよ」
「これでも君の幼馴染だからね。無理をさせるわけにはいかないさ。……それに、君が困る顔は見たくない」
さらりと、少しだけ声をトーンを落として告げるヒンター。
「っ……!」と、マリーアの白い頬が、一瞬でポッと赤く染まる。
(あらやだ、何この二人……!どゆこと?え、やっぱりそゆこと?!ヒンター、無自覚(?)にめちゃくちゃ男前な攻め方するじゃないの……!ありだわ……!!)
前世オバちゃん脳が早くも二人をロックオンしてニヤニヤしそうになるのを堪える。
でもその横で。ソーニャの表情が一瞬だけ、完全に「スン……」と冷たく消えたのを、私は見落としていたのだった。
◇
その日の夜。サバンズ侯爵家の自室にて。
「ふぅ、今日も楽しかったな~。マリー姉さまとヒンター、なんだか良い雰囲気だったし……」
パジャマに着替えた私は、ベッドに入る前に、部屋の明かりを消そうと指先を向けた。小さな生活魔法で、パッと光を消すだけの簡単な動作だ。
(──……あれ?)
いつもなら意識した瞬間に消えるはずの光が、ほんの一拍、遅れて消える。
「気のせいかしら。なんだか、ちょっと身体が重いような……」
手首を回すと、昼間にソーニャ様からもらったブレスレットが、月の光を浴びて静かに佇んでいる。
「学園生活が始まってひと月だもんね。疲れが出る頃かな。自分が思っているより出ちゃったのかもね〜。早く寝ましょ」
ゴロン、とベッドに潜り込み、すぐに目を閉じるとすぐに眠りに落ちた。
私が、深い眠りについた頃。
外して枕元に置いたブレスレットから、音もなく黒い子犬──クロが姿を現して、ベッドで眠る私の顔を、じっと、紫色のクリクリとした瞳で見つめて、
『……。ずいぶんと、無防備な悪役令嬢だね』
なんて小さな寂しい声で呟いたみたいだけれど、もちろん気づかなかった。




