102.そして、未来への約束
ゴーン、ゴーン。
教会の鐘が鳴り響く。
雲一つない青空は、今日の門出を祝福しているかのようだった。
あれから、5年。
――今日は、18歳になった私とクリムの結婚式だ。
「わあ、リリー姉さま、綺麗! お花の精みたいです!」
「ふふっ、まあ! ありがとう、エル」
エルランサも7歳になり、サバンズ家の頼もしい跡継ぎとして勉強中。まだまだ素直で、可愛い自慢の弟だ。
「うああ、リリーも、リリーもいなくなっちゃうなんてぇぇぇ!」
「アル様、めでたい席ですよ。……でも、確かに寂しいですけれど。本当におめでとう、リリー。とても綺麗よ」
お母様が、お父様の背中をさすりながら微笑んでくれる。お父様は相変わらずの大号泣だ。マリーアも一年前にヒンターと結婚し、アクシーズ家へと嫁いだばかりなので、まあちょっとだけ、かわいそう、かな?
「もう、お父様は本当に泣き虫ね」
「姉さまの時も大変だったもんね」
マリーアと私は、お互いドレスの裾を合わせながら、顔を見合わせてクスリと笑った。
「あっ、そうそう、リリー。昨日、光の妖精の子たちがね、女神様から伝言って」
「えっ!すごくない?」
「ねっ、わたしも驚いたわ。『リリー、ありがとう』って」
「……ありがとう」
「きっと、クリムのことよね。やっぱり、どの子もかわいいのよね、親って」
マリーアがクスッと笑う。
「……そうだね」
オバチャン的には、わかりみがありすぎる。もしかして、私の転生は女神様の采配?
……まあ、どっちでもいいか。今、幸せだから。……でも女神様には貸しにしとこうかな……。
裾にたっぷりと刺繍された銀の糸とスズランの花が、歩くたびにきらめく。お母様が選んでくれた、世界で一番お気に入りのドレスだ。
幸せな日常、幸せな景色。ファーブル王国は以前と変わらず……いや、あの頃よりもずっと、色鮮やかに輝いている。
『リリー』
愛しい婚約者に呼ばれて、振り返る。
私のドレス姿に見惚れたのか、真っ赤になって口を手で押さえている、世界で一番可愛いひと。
「どう? クリム」
今日から、私の大切な旦那様だ。
――5年前、クリムを連れて帰って来た時は、そりゃあもう、陛下も精霊界もてんやわんやだった。当たり前だ。
色々な話し合いの末に封印は無事解除され、私たちは婚約を経て、サバンズ家が持っていた子爵位を継ぐことになった。お祖父様とお祖母様は、すっかり隠居暮らしを満喫している。
そして、クリムへの罰――いや、自分たちで選んだ道についても、ちゃんと決めたことがある。
本来、精霊やそれに類する者と深く結ばれた人間には、普通の人間よりも長い寿命が与えられることが多い。
……でも、私はそれを蹴ったのだ。
クリムは最初、ものすごく反対して、泣きそうな顔をしていたけれど、最終的には私の意思を受け入れてくれた。
それは――彼が千年の間に奪ってきた命への、ささやかな贖罪でもあるから。
そして、私たちは誓った。
しっかりと子孫を守り、国のみんなを慈しみ、愛し抜くこと。
そして、私の寿命が尽きたあとも、彼はそれを守りつづけることを。そして、それを守れたら---
--ふっと息をつくと、目の前のクリムが私をまっすぐに見つめ返す。
『世界で一番綺麗だよ、リリー』
「ありがとう。クリムも世界一素敵だよ」
私たちは顔を見合わせて笑い合う。
教会の中には、大切な仲間たちが勢揃いしていた。
少し離れた場所では、サーフィスが凛とした佇まいで立っている。その隣には――エレナの姿があった。穏やかに視線を交わす二人も、もうすぐ婚約予定だ。エレナ、頑張った……!
その二人に並んで、デュオルとソーニャもいる。もちろん、クリムはソーニャに誠心誠意謝って。『お互い様なところもあったから』と彼女も彼女なりに自分を見つめ直したようだった。二人も、そろそろ結婚予定だ。
レントールは本日不参加だけど、隣国に帰って精霊と魔法の研究に勤しんでいる。家族とのゴタつきもあったようだったけど、こちらへの留学がいい経験になったみたい。
テンダーは魔物生物学で知り合った女性と懇意にしているみたいだし、イデアーレは教会の隅でイルスと本を広げ、何やら問答している。……私でも気づいた、イルスの恋心が伝わるのはまだまだ先のようだ。
まあ、ともかく。それぞれ皆、自分らしく思う道を進んでいる。
そして、誓いの儀式が始まる直前。
会場の空気が、ふわりと変わった。
「これは……!」
司祭様が目を珍しく目を見開く。
天井から光の粒子が、まるで雪のように静かに降り注いできたからだ。
『――おめでとう、リリアンナ、クリム』
澄んだその声は――ティターニア様のものだった。
姿こそ見せなかったけれど(みんな魅了されて大変だもんね)、その温かい祝福の気配は確かにそこにあった。
『我々からの祝福だ。末永く、幸多かれ』
オベロン様の声も続く。
そして――四大精霊たちが、それぞれ光の粒子となって、私たちの周りをくるくると舞い始めた。
『リリーの晴れ姿、しかと見届けたぞ。……クリム、頼んだぞ』
ルシールの、声。
『おめでとう、二人とも!末永く、お幸せに!』
ウンディーネの、声。
『……クリム、もう、逃げるなよ』
サラの、声。
『幸せに、な!(僕も続きたい!)』
イルスの、声。
その光の輪舞に、会場に集まったみんなが感嘆の息を漏らす。
『リリー、おめでとうなの!!クリムも幸せになってね!ねっ!』
今日もかわいい妖精リリスと仲間たちも大集合だ。この子たちも、クリムを救ってくれた立役者だよね。感謝、感謝だ。
『クリム、リリー泣かしたら、メッ!だからねっっ』
『ああ、分かっている。絶対に泣かさないと……誓うとも』
その声は優しく、そしてどこまでも真摯だった。
恥ずかしいやら嬉しいやらで、私の胸はいっぱいだ。
「――ありがとう、みんな」
私は、そっと微笑んだ。
そして教会の鐘が再び鳴り響き、私たちはたくさんの笑顔と光に包まれながら、永遠の愛を誓い合ったのだった。
こうして私とクリムの結婚式は、幾重にも重なる祝福の中で幕を閉じた。
◇
それから、月日は静かに流れていき。
一年後わたしたちの元に、最初の子どもが生まれた。
「――男の子だよ、クリム」
腕の中の、小さな命をそっと見せると、クリムはしばらく言葉を失っていた。
『……こんなに、小さいのに、ちゃんと、生きてる』
震える指先で、そっと、赤子の頬に触れる。
『名前、決めた?』
「うん。――ノアって、呼びたいの」
その名前に、クリムは少し目を丸くした。
「星の名前から取ったの。あなたが夜空を好きだから。わたしも、大好きだしねっ」
『――ありがとう、リリー』
その瞳から、また涙がこぼれ落ちる。
(この人こういう時、いつも泣くのよね。もうそこが可愛くてしかたないとか、私も大概だわ……)
そう思いながら、私は今日もクリムの涙を拭ってあげるのだ。
--私の、誰にも譲れない仕事。
子育ての日々は賑やかで、幸せで、そして――時に少しだけ大変だった。
「――クリム、それはちょっと過保護すぎない?」
ノアが五歳になった頃。
友達と外に遊びに行くと言った息子に、クリムがこっそり影のように付いて行こうとしているのを見つけて、わたしは、そう声をかけた。
『……危険がないとも、限らないだろう』
「近所の公園よ?護衛もついてるじゃない」
『それでも、心配なんだ』
しれっとそう答えるクリムに、思わず笑ってしまう。
--クリムは始め、私だけすごい執着、というか……私から片時も離れようとしなくて。まあ、ちょっとだけ、ヤンデレさんだった。今もそう、なんだけど、その彼の意識が広がったのが嬉しい。
千年の孤独を抱えていた、闇の精霊。今はこんなにも家族を大切に想う、一人の父親になっている。
その変化を見るたびに、胸の奥が温かくなった。
二人目、三人目と、子どもたちが生まれ、賑やかな日々が続いていった。
クリムの過保護っぷりは、年々悪化の一途を辿り、娘が初めて殿方から花を贈られた時などは――
「――お父様!玄関先で、青い顔して立ってないでください!」
娘の悲鳴じみた声が、屋敷中に響き渡ったこともあった。
『……あの若造。下心が透けて見えたんだ』
「クリム様。それ全部の殿方に仰ってますな?」
執事の乾いた突っ込みに、クリムはばつが悪そうに視線を逸らしていた。
でも、これはアレかしら、私もテジャビュのような……。
そんな賑やかで、愛おしい日々が---何十年も続いていく。
月日は流れ、また、流れて。
子どもたちはそれぞれ立派に成長し、家庭を持った。孫たちも賑やかに屋敷を走り回るようになった。
もちろん、私は相応に歳を重ていて。
けれどクリムはずっと変わらず、出会ったあの日と同じ、若々しい姿のまま。
「――お祖母様、またお庭にいたの?お祖父様が大騒ぎしてたよ。リリーがいない!って」
孫の一人が、心配そうにそう声をかけてくる。
孫にまでクリムのヤンデレ愛はバレていて、「お祖父様はお祖母様がいないと昼も夜も明けないんだねぇ」とか言われている。
「ふふ、お天気がいいから、つい、ね」
白髪の増えた髪を揺らしながら、私は静かに微笑んだ。
そこに慌てて走ってくるクリム。それを見た孫は笑いながら屋敷に戻っていった。
『リリー、黙っていなくならないで』
「ごめんなさい――ふふっ、クリム、本当に変わらないわねえ。今日も綺麗」
『何、急に。リリーも綺麗に歳を重ねてるよ』
「あら、上手ね」
『本当のことだよ』
そんな他愛のない会話を交わす。それが、私たちの当たり前の日常になっていた。
やがて私の灯火も、静かに揺らぎ始める時が訪れた。
寝台に横たわる私の手を、クリムがずっと握りしめている。
その瞳から、涙が止めどなく溢れている。
「――クリム、泣かないで」
私は震える手で、そっと彼の頬に触れた。
「約束、覚えてるでしょう?」
『――リリー』
「私がいなくても、ちゃんと、子孫を、守って。国のみんなを、慈しんで。それを、守れたら」
私は精一杯の力で、微笑んだ。
「またもう一度、生まれ変わって、あなたの元に来るから……私も、頑張って女神様に、早くって頼んであげる、って、約束」
『うん、うん……!リリーも、ちゃんと、見ていて』
「当たり前じゃない、わたしの、いとしいひと……」
意識が、少しずつ遠のいていく。
けれど不思議と、恐怖はなかった。
ただ、満たされた、幸せな気持ちだけが胸の中に広がって--。
(――ありがとう、みんな)
家族。仲間。そして――クリム。
この異世界で出会った、全ての大切な人たちへの感謝が、静かに胸の中に溢れてくる。
最初に思っていたこととは、ずいぶん違った道だったけど……違くはないかしら、しっかりとお嬢様生活はできていたわね。物、だけではなくて、心も満たされた、贅沢な人生だった。
私の瞼が閉じていく。
その視界の中、最後に映ったのは――
泣きながらも優しく微笑んでくれる、クリムの顔だった。
(また、必ず会いましょうね。--きっと会えるわ、女神様に貸しがあるんだから)
そうして私の、長い、長い、幸せな物語は――静かに幕を下ろした。




