101.千年越しの、降参
『――もう、いいよ』
クリム様は、頭を抱えてその場に座り込んだ。
『何なんだよ、お前ら、次から次へと……しつこさは千年前と変わらないし、さらに強かとか。面倒だよ』
私たちはそれぞれ、顔を見合わせてくすりと笑う。
「千年前と、全く同じ人間なんかじゃないからな」
サーフィスが、どこか胸を張るように、そう言った。
『――はは、そうだな。もう、千年だ……皆、乗り越えてる。前に、進んでる。……僕だけが、ずっと、ここに取り残されて。……いや、もう残る必要もない、か……』
「クリム様?」
不穏な言葉に、みんなでクリム様を見つめる。
『僕は消えるとしよう。……千年前の半端な闇は、この国に不要だ』
そう切なそうに微笑んで、クリム様は自分に魔法をかけ始めた。足元から、黒い……けれど微かな光を纏った煙が立ち上ってくる。
「ちょっ、だから何でそうなるんですか?!」
『何でも何も、千年前に僕がしたことは、みんな知ってるよね?……結局、自分の感情に呑み込まれて、大切なはずの妖精たちや人間まで……罰は、受けるべきだ』
「千年、一人で封印されていたじゃないですか!」
気づけば、そう叫んでいた。
『は、は。リリーは本当に誰にでも優しい……でも、もう僕はその優しさはいらないんだよ。……このまま、また無様に生きたとして。僕はだめだよ、千年変われずだ。きっとまた、闇に堕ちる。妖精たちをまた巻き込みたくない』
「わたしたちと一緒に償えば!」
私の言葉に、クリム様は切な気に微笑んで--
『……だから、それ、もういらない。本当に君はニアと似ているけれど……彼女と違って、なかなかめげなくて、面白かったよ。だから……』
クリム様に纏う煙が、竜巻のように彼の周りに広がり始める。
『さよならだ』
その竜巻のような煙は風を巻き込み、私たちの周囲も強風に包まれる。
『く、この風は我でも御し難い……!これは』
『うん、精霊の自決の魔法だね。クリム……本気で消える気だ』
ルシールとイルスが交わす話が聞こえた。
--つまりこれは、自分で自分を、ってこと、よね?
「……ああ、もう!なによ、それ!」
『リリー、何を?!危険だ!』
私はルシールの制止を振り切り、風のシールドを纏ってクリム様へと突進する。
だってだって、人のことティターニア様に似てるとか、面白いとか……そんな切な気に微笑んでさ!……もう、みんなは嫌だとか。
……私も、認める、認めますぅ!前世からのダメンズ製造機ですよ!
だってだって、放っておけないんだもん!
「クリム様!!」
『リリー?!何やってんだよ!君も巻き込まれる!離れろ!!』
竜巻に突入した私に、クリム様は目を見開いた。
「嫌です!危ないなら、クリム様が魔法を止めてください!」
『……何を、僕は、もう』
「わたしが!!一緒にいますから!!!」
『え……』
竜巻が少し緩んだ。
「わたしを!傍に置いてください!クリム様」
さらに重ねて言うと、竜巻は完全に止まり、煙も徐々に治まってきている。
『……何を言っているか、わかってる、の?』
「わかってます」
『同情とか、いらないし』
「わたしも同情は嫌です」
『……僕、嫉妬深いよ?一度決めたら、離してあげられないよ?』
「それは、ティターニア様のことですか?」
『――っ』
その問いに、クリム様は大きく目を見開いた。
我ながら、嫌な質問だと思う。けれど聞きたいのは……なけなしの、乙女心だ。
「最初は、そう、だったんですよね?わたしのこと、ティターニア様に似てるって、思って……だから、少しだけ興味を持ってくれた」
私は、まっすぐに彼を見つめた。
「今も、ですか?」
『違う!いや、違わないけど、そりゃ、最初は……ニアと、重ねて見てたはずなのに。いつの間にか』
「いつの間にか?」
『――君が、ただのリリーとして、僕の目に映るようになってた。--傍に、いられたらどんなに……って』
その告白めいた言葉に、私の胸が大きく跳ねた。
(あ――)
理屈じゃない。ただ、直感的に分かった。
(私も同じ、かもしれない)
いつの間にか、クリムのことをただの「かつての魔王」でも、「ティターニア様の、悲恋の相手」でもなく――一人の彼として見ていた自分に、気づいてしまった。
「――嫉妬深くても、いいです」
私は静かにそう告げた。
「一度決めたら、離してくれなくても、いいです。だって」
私は、彼の手をそっと握った。
「わたしも、あなたのこと簡単に手放さないもの!」
私が笑ってそう言うと、クリム様は泣きそうな顔をして、遠慮がちに私をそっと抱き寄せた。
『……本当に、君って』
クリム様は呆れたように、けれど、今まで見たこともないほどに優しく、愛おしそうな笑みを浮かべたていた。
『--僕の負けだね。降参だよ、リリー』
クリム様の昔を取り戻したようなやわらかな優しい微笑みでそう言うと、森の鬱蒼とした空気が晴れた気がした。
--そのやり取りを、少し離れた場所から、みんなはそれぞれの表情で見守っていて。
大騒ぎしてお祝いするような雰囲気ではない。けれど、誰もがどこかホッとしたような、静かな安堵の空気が流れていた。
サーフィスは複雑そうに、けれどどこか吹っ切れたような穏やかな顔で小さく息をつき、テンダーも隣でサラの肩に触れながら、静かにうなずいている。ルシールも、複雑な視線を送りつつも、どこか諦めたようにフッと鼻を鳴らしていた。
マリーアもエレナもイデアーレも、安堵と、心配を重ねた顔をして。
それぞれの胸に去来するものはあったはずだ。けれど、この結末を否定する者はいなかった。
遠く、シュマール領の森の木々の隙間から、差し込む光が少しずつ温かさを増していく。
冷たい闇に閉ざされていた場所が、本当の意味でほどけていくのを感じた。




