98.馬車の中にて
「――さ、お茶にしましょうか」
マリーアがそう言って、袖をまくった。
そう、部屋丸ごと移動のようなファーブル王国の馬車は、今日も今日とて快適だ。そして発明したイデアーレと共に乗る奇跡。なかなかだよね!
「相変わらずすごいよね~、この馬車!ありがとうイデアーレ様だよ。ほとんど揺れないし」
「ふっふっふ。緩衝の魔法陣を底に敷き詰めてあるの」
イデアーレは、珍しく少し得意げに笑った。
「馬車で長旅は大変だったでしょう?長旅こそ快適さは大事だと思って」
「イデアは本当にすごい才能よね」
エレナが改めて感心したようにそう言うと、イデアーレの頬がほんのりと赤らんだ。
「そ、そんな、大したことじゃ……」
『大したことだぞ。イデアの発明品は、精霊界でも噂になってるもん』
イルスが得意げに口を挟む。
「え、精霊界でも……?」
「あら、知らなかったの?」
マリーアがそう言って、みんなも一緒に笑う。
お茶の準備が整うと、みんなそれぞれの席に腰を落ち着けた。けど、サーフィスだけは立ったまま、窓の側に立っていた。
「フィス、休んだほうがいいわよ?」
マリーアが、そっとフィスに声をかけた。
「ん、大丈夫だ。少し考え事をしてただけで」
「クリム様の、こと?」
フィスは、静かに頷いた。
「正直、まだどう向き合えばいいのか、分からなくて」
「わたしも正直、同じ」
私は、カップにそっと口をつけながら同意する。
「でも、逃げずに行くって、決めたから」
「うん」
フィスが少し微笑んだ。
「リリーがそう言うなら、俺も腹を括るよ。……って、人に言われてとか、情けないか」
「そんなことはないです!フィス様は、いつも頼りになります」
エレナが珍しくはっきりとそう言うと、フィスは少し照れたように、視線を逸らした。
「そんな、大したことじゃ……」
「大したことよ」
マリーアも、きっぱりとそう言い切る。
「王太子として、皆を率いる立場なんだもの。その重さ、わたしたちも分かってるつもり」
その言葉に、フィスは少し驚いたような顔をした後、静かに頭を下げた。
「――ありがとう、マリー」
そして、その後笑って、ぼそっと続ける。
「マリーにはいつも厳しくされてるから、何か起こりそうで少し怖いが……」
「ちょっと、どういう意味?!」
確かに空から槍が降りそうと、全員思ったことは内緒だ。
「そうだ、テンダーは家族への手紙、渡せた?」
私が話題を変えると、テンダーは頷いた。
「うん。執事が涙ぐんでてさ。ちょっと大袈裟だよなって思ったけど」
『テンダーの家族も、みんな優しいからのぅ』
サラがそう、口を挟む。
「まあ、心配性なんだよな。俺が小さい頃は、体弱かったから」
「今は、すっかり逞しいのにね」
私がそう言うと、テンダーは少し照れたように笑った。
「リリーのおかげだよ」
「わたしの……?」
「サラの愛し子になれたのも、いつも真っ直ぐに向き合ってくれたのも。リリーがいなかったら、俺、今もきっと、うじうじしてたと思う。図体だけはでかくなったけど」
その真っ直ぐな言葉に、私は少し照れくさくなって視線を逸らした。
「そ、そんな……テンダーの、努力の結果でしょう」
「リリーのおかげ」
「いやいや」
「ふふ、二人とも、相変わらずね」
マリーアが優しく笑って、みんなにも微笑ましい顔で見られて、こそばゆい。
◇
馬車が街道を進んでいく。窓の外には、王都の景色から少しずつ、緑豊かな田園風景へと変わっていった。
「――皆、少し聞いてほしいことがあるの」
不意にマリーアが、そう切り出した。
「マリー姉さま?」
「わたし、実はずっと、迷ってたことがあって」
その珍しく真剣なマリー姉さまの表情に、みんな静かに耳を傾けた。
「クリム様の過去を聞いて、思ったの。想いを伝えないまま、失うことの恐ろしさを」
「マリー姉さま……」
「だから、この旅が終わったら――わたし、ちゃんと伝えようと思うの。ヒンターに」
その告白に、馬車の中が一瞬、しん、と、静まり返った。
「マリー姉さま!」
わたしは思わず声を上げた。
「や、やっぱりそうだったのね……!」
「リリー、声が大きいわ」
ちょっとはにかみながら微笑む聖女。やっぱりヒロインのキラキラは眩しい。
「だって、だって! ずっと気になってたんだから!」
「リリーに気づかれてるとは思わなかったな~」
「気づくよ!姉さまのことだもん!」
『ははっ、リリーの方が興奮しとるな』
ルシールのからかうような声に、馬車の中にまた温かい笑い声が広がった。
「ヒンターもマリーをすっごく大事にしてるもんね?きっと大丈夫よ!」
「そ、そうかな?ありがとう、イデア」
初顔合わせの時から、実は気になっていたらしい。恋愛残念とか言ってるけど、結構人を見てるよね。うんうん。そして美少女マリーアの久々ヒロインムーヴが眼福すぎる。恋する女の子はかわいいのぅ。
「――応援、してるわ。マリー」
エレナの、優しい声。
「ありがとう。……エレナも、いつか、ね!」
「えっ。……ううん、そうよね。いずれ、必ず」
いいね、いいね、恋バナ~!こんな時だからこそ、余計に輝くよね。
「俺、まったく気づかなかった……」
「しょげるな、フィス。俺もだ」
残念男性陣に、周りからまた笑いが起きる。
「でももちろん、応援するぞ」と、二人。
『キャー、恋バナ恋バナ!大好物!』と、はしゃぐウンディーネを筆頭に、精霊たちも楽しそうだ。
重い旅路の中に、ふと灯った、小さな温かい光。
それぞれの想いを胸に抱えながら。わたしたちを乗せた馬車は、シュマール領へと近づいて行った。




