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異世界転生を果たした、おば、コホン、お姉さまは、お嬢様生活のために悪役回避、頑張ります!  作者: 渡 幸美
第四章 聖女と勇者と精霊と

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94.まだ、間に合う

「クロ……」


あの日から、ソーニャは、部屋に籠りきりだった。

家庭教師も、社交も、全て、体調不良を理由に断り続けている。窓の外を見る気力もなく、ただ、ベッドの上で、膝を抱えて座っているだけの日々。


「本当に、大丈夫なの……」


震える声で、そう呟くと、暗がりから、するりとクロが姿を現した。


「みんなに、バレたのに。デュオルにも、エレナ様にも、リリアンナ様にも……もう、誰にも、会えない」

『大丈夫だって、言っただろ』

「大丈夫なわけ、ないじゃない」


ソーニャは、両手で顔を覆った。


「わたし、これからどうなるの。断罪されて、全部、終わり……?」

『そう簡単には、終わらせないよ』


クロの声は、いつになく落ち着いていた。


「――何、その言い方」

『君の計画は、まだ生きてる』


クロが、じっとソーニャを見つめた。紫色の瞳が、暗がりの中で静かに光っている。


『封印は、もう、ほとんど緩んでる。あと少しだけ、力が足りればいい』

「あと少し……」

『千年、か……』


クロが、ぽつりとそう零した。


「千年……?何、それ」

『いや、何でもない。独り言だ』


はぐらかすように、クロは軽く笑った。


「クロ、教えて。あなた、本当は何のためにこんなことを」

『物語を正しく戻すため。君が望んだことだろ?』

「……そう、だけど」


その答えに、以前ほどの迷いのなさを感じられなかった。


「でも、みんな優しかった。デュオル様も、エレナ様も、リリアンナ様も。わたしを、見捨てないって、言ってくれて」

『――そうだね』

「なのに、わたし、こんな……」


言葉が続かなかった。ソーニャの目から堪えきれなかった涙が、ぽろぽろとこぼれ落ちていく。

クロはそれを、ただ静かに見つめていた。何かを言いかけて。けれど結局、何も言わなかった。


コンコン、と、控えめなノックの音が響いたのは、その時だった。


「お嬢様、あの……」


侍女の、遠慮がちな声。


「今、デュオル様とレントール様が玄関にいらしていて。何度も、お戻りくださいとお伝えしているのですが……」


ソーニャの肩が、びくりと震えた。


「――お断りして」


震える声で、そう告げる。


「はい……でも、もう、これで四度目でして。デュオル様は、毎日いらしています」

「四度目……」


侍女が去った後、部屋にはまた重い沈黙が落ちた。


「毎日、なんだ……」


ソーニャは、力なくそう呟いた。


「なんで。もう、全部知ってしまったでしょうに」

『――知ってるからこそ、じゃないか』


クロが静かにそう返した。


『何も知らなければ、放っておける。知ってしまったから、放っておけないんだろ、あの人は』


その言葉に、ソーニャの胸がまたぎゅっと締め付けられた。


(デュオル様……)


顔を合わせる勇気は、まだ、なかった。けれどその事実が、ソーニャの心の中に、小さな、けれど確かな、揺らぎを残していった。


『泣き止んだら、少し話をしよう』

「話……?」

『これからどうするか。まだ、選べる道はあるはずだ』


その言葉に、ソーニャは、涙に濡れた顔を上げた。


「選べる、道……」


しばらくして、泣き疲れたソーニャがようやく落ち着きを取り戻した。


「クロ……さっき言ってた『選べる道』って」

『うん』


クロは静かに、ソーニャの前に腰を下ろした。


『一つは――このまま大人しく、断罪を待つ道』

「……それは」

『みんなが、君を許そうとしてる。デュオルも、エレナも、リリアンナも』

「それ、は」

『でも、許されたところで、君の人生が元通りになる訳じゃない。婚約は、きっと解消される。家の信用も、地に落ちる。君はずっと、後ろ指を差されながら生きていくことになる』


淡々とクロはそう続けた。事実だけを積み上げるように。


「もう一つ、は」

『もう一つは――僕を、信じ続ける道』


ソーニャの顔が、はっと上がった。


『さっきも言ったけど、封印はもう限界に近い。ほんの少し後押しするだけで、魔王様は目覚められる』

「目覚めたら……どうなるの」

『世界は大きく変わる。今の秩序は壊れるだろう。でも――』


クロの瞳が、暗がりの中で妖しく光った。


『新しい世界では、君は選ばれた側の人間になれる。物語を正しく戻した、功労者として』

「わたしが……功労者」


その言葉の響きに、ソーニャの中で何かが揺らいだ。


(そんな、都合のいい話――)


そう思う自分と、同時に。


(でも、それなら。今までの全部が、報われるかもしれない)


そう縋りたくなる自分も、確かに、いた。


「クロ、それは……本当に、正しいことなの……?」


震える声でそう尋ねると、クロは少しの間、沈黙した。


『――正しいかどうかは、僕には分からない』

「え……?」

『でも君が、これ以上独りぼっちにならなくて済む道はこれしかないと、僕は思う』


その言葉に、なぜかソーニャの目に、また涙が滲んだ。


(この子は、いつも――)


いつも、正解を教えてはくれない。ただ、寄り添うことだけはしてくれる。それが優しさなのか、それとも別の何かなのか。ソーニャにはもう、判断がつかなかった。


(――独りぼっちに、ならなくて済む……)


その言葉の裏で、ふと、四度も玄関先に立ち続けているという、デュオルの姿が頭をよぎった。


(本当に、独りぼっちなのかしら、わたし――)


その小さな疑問は、まだ形になる前に涙の中に溶けていった。


「――少し、考えさせて」

『いいよ。時間は、まだあるから』


そう言って、クロはソーニャの膝に、そっと頭を乗せた。

その温もりに、ソーニャは力なく笑った。


「あなたって、本当に狡いわね」

『――かもね』


短く、そう答えたクロの声には、いつもの飄々とした響きの中に、ほんの少しだけ、何か、切ないものが混じっていた気がした。


夜は、静かに更けていった。


ソーニャの部屋の窓の外、遠い夜空には、いつもより少しだけ、明るい星が瞬いていた。




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