93.それぞれの想い
精霊の国は、ティターニアがふっと力を抜いて微笑んだことで、凍りついていた空気が嘘のように温かくほどけていった。
オベロンも、リリアンナのあまりの直球な正論に最初は呆気に取られていたものの、最後には「……まあ、ティティが救われたなら」と、嫁溺愛モードで私たちを見送ってくれた。
城へ戻るためのドアまでの景色は、同じ国とは思えないほどキラキラしていた。さすが精神魔法に長ける女王様。影響力がちょっと怖いけど、想像通りの精霊の国を見られたのは嬉しい。ルシールたちも、どこかほっとした顔をしている。
その道中。
いつもなら賑やかなみんなも、今日ばかりはどこか静かだった。
「……リリーには、毎度驚かされるよな」
サーフィスが苦笑しながら、ぽつりと言った。
「でも、まあ……あのおかげで、ティターニア様たちも、少しは救われたんじゃないか」
テンダーが静かに頷き、イデアーレやほかの面々も、それぞれの胸に去来する想いを飲み込むように静かに微笑んで頷いていた。
千年前の、あまりにも重く、あまりにも純粋ですれ違った恋。
その余韻を抱えたまま、私たちはそれぞれの日常へと戻っていった。
◇
王城の私室に戻り、サーフィスはヒンターとマークスに今日の報告をしていた。
「……で、リリーがティターニア様に直接説教かましてな」
「はあ!? お前、止めなかったのか?」
「リリーを止められるわけないだろ。というか、あそこまで言われると、なんかもう清々しかったぞ」
「まあ、確かに……」と、ヒンターが呆れたように頭を抱える横で、マークスが腕を組んで唸る。
「しかし、千年前の精霊たちの恋か……。想いを隠して、すれ違って、伝わらなくて……挙句にあんなことになるなんてね。盲目になるのも、怖いよね」
「……そうだな」
サーフィスは、ふと窓の外の夜空を見上げた。
リリーが好きだ。大事にしたい。傍にいてほしい。サーフィスには、クリムの感情が分かりすぎるくらい分かる。けど。
「盲目、か……」
その呟きに、ヒンターとマークスは意味ありげに顔を見合わせたが、あえて何も突っ込まなかった。
◇
同じ頃、自室のベッドの上で大の字になりながら、テンダーはサラと話していた。
『テンダー、疲れたかの?』
「ううん、疲れてはいないよ、ただ……」
テンダーは、よっ、と起き上がる。
「ただ……クリム様たちのことを見ていて思ったんだ。俺たちは、大切な人を守りたいと思って動いているけれど……それがもし、間違っていたらって考えると、少し怖くなってね」
『大丈夫だ。テンダーは間違えておらぬ。それに……』
サラはふわりとテンダーの頬に触れた。
『テンダーがリリーを想う気持ちは、あんな風に歪んだりしておらん。我もそばで見ておるしの』
「……うん、ありがとう、サラ」
サラの温もりに触れ、テンダーは静かに目を細めた。
◇
エレナの部屋では、窓辺に腰掛けたエレナの隣で、ウンディーネが揺れていた。
「……デュオルたちのことも心配だし、なんだか、胸がいっぱいだわ」
エレナがふうっと息を吐き出す。デュオルの苦悩も、ソーニャのことも気にかかる。けれど、それ以上に、精霊の国で見た「想いを伝えられなかった結末」が、エレナの胸をざわつかせていた。
『エレナは優しいからねえ。でも、自分の恋はどうなのよ?』
「っ……! な、にを、ウンディーネ様」
『サーフィスよ。言ったでしょ、全部見ていたから』
「……そうでした」
エレナはパッと顔を赤らめる。
「……だって、あんな風に、想いを押し殺して歪んでしまったら……わたくし、少し前の自分を思い出してしまって。ああ、同じだ、って。また、そうなったらどうしようって」
『だったら、伝えなきゃダメよ。あんな悲しい千年の物語、見せつけられたんだからさ』
ウンディーネの優しい、けれど力強い言葉に、エレナはぎゅっと拳を握りしめ、静かに頷いた。
◇
イデアーレの部屋では、机に向かうイデアーレの周りをイルスが楽しそうに飛び回っていた。
『ねえ、イデア。さっきからずっと難しい顔して、何考えてるの?』
「うーん……恋愛って、なんだかすごく大変だなあって思って」
イデアーレはペンを置き、天井を見上げる。
「あんな風に執着したり、壊れたりするなんて、わたしにはちょっとよく分からないわ」
『恋なんて人それぞれだよ。イデアはイデアのままでいいのさ』
「イルスはいいよね、気楽で」
『ひどいな! 僕だって色々考えてるんだからね!……まあ、イデアがそういうの分からなくても、僕はずっと傍にいるからさ。安心して研究でも魔法でもしてればいいよ』
「うん、そうだね!ありがとう」
その明るい笑顔に、『やっぱり届かないか……』とイデアーレに聞こえない音量で呟くイルス。
『僕が闇堕ちしないように気をつけないとかな』と、自嘲気味に一人言ちた。
◇
そして、リリアンナとマリーアの部屋。
精霊の国から戻り、ルシールも交えて今日の出来事を振り返っていた。
『いやあ、リリーの説教には我も冷や汗ものだったぞ?』
「だってもう、見ていられなかったんだもん! 二人とも拗らせすぎだよ!」
『……しかし、な。我もリリーが絡んだら、どうなるかとは思うがな』
「だっ、とっ、姉さまの前で止めて!」
リリアンナが赤い顔でぷくっと頬を膨らませると、マリーアが小さくくすくす笑った。
「そうね、でも本当に、恋心ってままならないって言うからね」
「それもそう、だけどさぁ」
リリアンナはそう言いながら、ふと、マリーアの顔を覗き込んだ。
(そういえば……マリー姉さまとヒンターって、最近どうなんだっけ……?)
気になりつつも、ここで踏み込んでいいものか迷っていると、マリーアはふっと優しく微笑み、リリアンナの頭をそっと撫でた。
そのよしよしを堪能し、姉にはあまり突っ込めないリリアンナなのであった。




