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異世界転生を果たした、おば、コホン、お姉さまは、お嬢様生活のために悪役回避、頑張ります!  作者: 渡 幸美
第四章 聖女と勇者と精霊と

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92.精霊の国へ行こう!その5

『クリムが、姿を消してから。わたくしたちは、来る日も来る日も、彼を探し続けたわ』


ティターニア様の声が、静かに、続いていく。 



そんな間にも、魔の力は日に日に強くなっていった。


まるで、クリムの感情に呼応するように。彼が守りたかったはずの妖精や、人を、喰い散らかし、取り込みながら。クリムが闇に落ちて、魔物がそれを覚えてしまったのだ。


やがて、ようやく見つけたクリムには、以前のような静かな佇まいは、もう、見る影もなかった。


『クリム、お願い。話を聞いて』


ティターニアが、幾度となくそう呼びかけても、返ってくるのは沈黙だけだった。


『――もう、遅い』


何度も声をかけ、ようやく返ってきたその声は、以前とはまるで別人のように冷たいものだった。


『……何が、遅いの』

『……僕はもう、お前たちの側にいる資格を、失った』

『そんなこと――』

『ないと言える?……本当に、誰にでも…………甘いよね……』

『……ねえ、どうしたら、元のクリムに戻ってくれるの。わたくしに、できることなら』

『ふっ、あはは!君がそれを言うの?じゃあずっとそばにいてよ』

『いると約束したわ!オベロンだって……!』


ティターニアが必死で返した言葉に、クリムは冷たい、でもどこか困ったような--顔をして、また飛び去ってしまった。



『せっかく会えたのに、また、何も話せなかった……』

『ティティ……。仕方ないよ、また探して説得しよう。勇者と聖女にも声をかけないか?』


隣人たる人々を導くために女神様が選んだ二人。オベロンと波長が合うオルソンにオベロンの血を与え、聖女アリスには女神から癒しと浄化の力が与えられていた。


---それは、クリムによって強化されてしまった魔物への対応のためもあり---女神様の賭けだったのかもしれない。クリムだって、女神様のかわいい子どもなのだから。


「見つけた!クリム、今日こそ話をしましょう」

『今度はアリスか。この前はオルソンも騒いでいたな……次々と、くどい。話すことなどない』

「だって!ティティはあなたを突き放したかった訳じゃないのよ?」

『---知らない。もう僕は力でしか……そんな奴は、嫌なんだろうから』

「ちがう!ティティはそんなつもりで言ったんじゃないわ!」

『……お前たちは、力を振るうのはだめだと言う。だが、お前たちが魔物にしていることは何だ?お前はそんなにキレイな人間か?……オルソンが別の人間を選んでも、キレイでいられるか?』

「……っ、それは、でも。……努力、するもの」

『ははっ、そう。やっぱりお前たち光属性には、うんざりだよ』


それが、クリムと、それでも穏やかに話せた、最後、だったと思う。


クリムは、日に日にクリムではない何かに変わっていった。魔物が従うようになり、魔王と言い出したのは誰だったのだろう。


勇者オルソンと聖女は、狂い始めたクリムの前に立ちはだかった。


世界を護るため。そして、暴走する友人であるクリムを救う、最後の手段として。


『クリム、もうやめろ!』


オルソンが剣を構え、聖女がその傍らで浄化の光を纏う。


だが、かつての穏やかな闇の精霊は、もうそこにはいなかった。漆黒の魔力を纏ったクリムは、冷ややかに、どこか狂気を帯びた笑みを浮かべる。


『僕を止めるのか、オルソン。お前もだ……君たちも結局、ニアの言いなりになって僕を排除しに来たんだな』

『違う! お前を救うために――』

『救う? ふざけるな』


クリムの魔力が爆発する。圧倒的な力の差に、勇者と聖女がじりじりと後退させられる。


その時だった。


『――そこまでよ、クリム』


静かな、けれど毅然とした声が響いた。


空間が割れ、そこから現れたのは――ティターニアだった。オベロンを背に控えさせ、彼女は自ら、かつての友の前に立ったのだ。


クリムの瞳が、狂喜の色に染まる。


『ニア……! 来てくれたのか。僕のために、ここに……!』

『あなたを、これ以上狂わせないために来たわ』


ティターニアのまっすぐな瞳を見て、クリムの表情が急激に歪んだ。


『――まただ。また、その目を向ける』

『クリム』

『僕を救う聖母気取りで、正論を吐きに来たんだろう? 僕がどれだけ君を求めているか分かっていながら、その隣にはいつもオベロンがいる。……ねえ、ニア』


クリムは歪んだ笑みを浮かべ、すうっとティターニアに歩み寄る。その圧倒的な闇のプレッシャーに、勇者たちも迂闊に手を出せない。


『今すぐ、オベロンを殺して、僕のところに来てよ。そうすれば、この世界を壊すのはやめてあげる。君が望むなら、この世界を綺麗に残して、二人だけの楽園を作ってあげるよ』

『……そんなこと、できるわけないでしょう。お願い、クリム。その執着を手放して。でないと……』


ティターニアが、わずかに目を伏せて言った。


その瞬間、クリムの顔から、完全に光が消えた。


『……そうか。やっぱり、僕の願いは、何一つ聞き入れてくれないんだね』


絶望と狂気が、一つの形に収斂していく。


クリムの周囲の空間がぐにゃりと歪み、世界そのものを飲み込まんとするほどの巨大な闇が渦巻いた。


『なら、いいさ。この世界も、君たちも、全部壊して、僕の記憶のなかに閉じ込めてあげる。誰も僕を置いていけないように――!』


その瞬間、勇者オルソンと聖女、そしてティターニアたちの持てるすべての魔力が解放された。


世界を消し飛ばしかねないほどの激しい衝突。光と闇が世界を引き裂くような激闘の末、ついにクリムの動きが封じられ、聖女の秘術と精霊王たちの魔力によって、彼は深層へと縫い留められていく。


意識が遠ざかる中、完全に封印されようとするクリムの前に、ティターニアが歩み寄った。


彼女の頬には、一筋の涙が伝っていた。


『……ごめんなさい、クリム』


その涙を見て、クリムは冷たく、けれどどこか諦めたような、底知れぬ執着の笑みを浮かべた。


『……謝らないでよ、ニア。そんな顔をされると、また、囚われてしまうから』


闇に沈みゆく身体のまま、クリムは歪んだ愛おしさを込めて呟いた。


『――いいよ。千年間、眠っていてあげる』

『……え?』

『千年後だ。僕の記憶が薄れ、この世界がまた新しいサイクルを迎える頃……今度こそ、誰も邪魔しない場所で、君を迎えに行く。それまで……待っていてよ、ニア』


それが、クリムが残した最後の言葉だった。


世界を揺るがした闇の精霊は、長い長い眠り(封印)へと落ちていったのだった。



――視界が戻る。


精霊の国の冷たい空気が、私たちの肌を現実へと引き戻した。


ティターニア様は、静かにうつむいていた。オベロン様が、無言でその背中に手を当てている。


――千年後。


その言葉が、私の頭の中で、カチリと音を立てて噛み合った。


(今が、まさにその「千年後」……!)


だから今、クリムの残滓が目覚め、ソーニャを利用して目覚めようとしているのか。


みんなが息を呑み、沈黙に包まれる中。


私は大きく息を吸い込み、一歩、ティターニア様の前に進み出た。


「……つまり、ですね」 


でもまあ、つまるところ、あれだよね?


私の声に、ティターニア様も、オベロン様も、そして後ろにいるみんなも、びくりと肩を揺らしてこちらを見た。


「リリー!?」


マリーアが青ざめて私の袖を引っ張るけれど、もう止まらない。前世で理不尽なプロジェクトの尻拭いをさせられていた時の「説教スイッチ」が、完全にカチリと入ってしまっていた。


「クリム様が拗らせたのは、確かに最終的に暴走しすぎた彼が悪いですが!」


私は両手を腰に当て、ティターニア様をまっすぐに見据えた。


「『千年後、迎えに行く』なんて重すぎる爆弾発言を残させておいて、いざ現代になって復活してきたら『どうしよう』って怯えているだけなのは、フェアじゃありません! 元凶を作ったお二人も、少しは反省してください!」

『なっ……!?』


オベロン様が鋭い威圧感を放ってきたけれど、今の私は怯まない。


「だいたい、彼が欲しかったのは『みんなの愛』じゃなくて『自分だけの特別』だったのに、それを最後まで『大切なお友達』でごまかし続けたから、あんな歪み方をしたんじゃないですか! 優しい言葉って時に一番残酷な凶器になるんですよ?!ティターニア様、ご自分でも仰っていましたけど、完全に気付かない振りをしてごまかしてましたよね?!」


私のズバッとしたお説教に、精霊の国の空気が完全に凍りついた。


サラやイルスたちは「あーあ、言っちゃったよこの子……」という顔で頭を抱えている。ウンディーネはちょっと楽しそうだ。愛し子仲間は仕方ないよね、リリーだからという顔をしている。


『リリー。それもあるかもしれぬが、魔王、いやクリムの執念も……』

「ルシー。恋情は拗れるとそうなるのよ。だからって、クリム様もダメよ?ダメなんだけど、彼だけがわがままでだった訳ではないわ。みんな、なのよ。……まあ、彼がかまってちゃんなのは正解だったか……?ともかく、思い込みは反省ね~!」


パン、と手を叩いてにっこりすると、場が一瞬シン、となる。あれ、どうやらまたやらかしたらしい。


けれど、しばらく沈黙した後――ティターニア様は、ふっと、驚いたように目を見張り、そして、まるで長年の呪縛が解けたかのように、力なく、けれどどこか晴れやかな笑みをこぼしたのだった。



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