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異世界転生を果たした、おば、コホン、お姉さまは、お嬢様生活のために悪役回避、頑張ります!  作者: 渡 幸美
第四章 聖女と勇者と精霊と

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89.精霊の国へ行こう!その2

扉をくぐった瞬間、空気が、がらりと変わるのを感じた。


澄んだ、けれど、どこか重い空気。まるで、深い森の奥に迷い込んだような、そんな感覚。


「これは……」


思わず、小さく呟いた。


「ちょっと想像と違うような……」


普段の精霊の国は、もっと明るく、生命力に満ちているイメージだったが、今日は、空気そのものが、沈んでいるように感じる。


「ルシー、これって」

『うむ……我も、来るたびに、感じてはいたのだが』


ルシールの表情が、珍しく曇った。


『――ティターニア様のお心の乱れが、国全体に伝わってしまっているのかもしれないのよねぇ。やっほー、他の愛し子ちゃんたち!ウンディーネよ!』

「えっ、ウンディーネ様?」

『んもう、リリーったら!他のと同じようにディーとでも呼んでよ!』


きゃっ、と言いながら私をハグするウンディーネを、ルシールが剥がす。ウンディーネのイメージの違いに、エレナ以外は目が点だ。エレナは微笑をたたえている。


『ウンディーネ、お主は変わらぬな……。全く、呼んでもなかなか来なかった奴が……』 

『エレナの初精霊界だからね!来るでしょ!』

『『それは同意だ』』


ウンディーネがエレナに抱きつきながら悪びれもせずに答えると、サラとイルスも二人の隣にそれぞれさらっと現れた。


『お主らは……』

『我らも向こうできちんと残滓を追っておったぞ?』

『そうそう!それにブレスレットは僕のお手柄でもあるでしょ?気づいたのはイデアだけど!』


ルシールは『全く……』とため息を吐いて、諦めることにしたらしい。うん、正解だと思う。周りが自由だと、誰かがオカン化してしまうのは、精霊も同じなのか。


『まあ、よい。話は急ぎだからの』

「そうだ、さっきティターニア様のって……?」

『精霊は、感情に敏感でな。特に、女王たるティターニア様の心の揺らぎは、この国全体の空気に影響してしまうのだ』


その言葉に、わたしの胸が、ぎゅっと締め付けられる。


(もしかして、わたしたちが聞こうとしていることと、関係あるの……?)


『行けば、分かる。ティターニア様のところへ、案内しよう』


ルシールに先導されて、わたしたちは、重い空気の中を、静かに進んでいった。

木々の隙間から差し込む光さえも、心なしか弱々しく見える。


しばらく歩くと、木々の向こうに、淡く発光する泉が見えてきた。


その泉のほとりに、佇む人影がある。


透き通るような虹色の髪と瞳。人ならざる美しさを纏った、けれど、今にも崩れ落ちそうな儚さを湛えた女性。夢の彼女だと、ストンと理解した。


『ティターニア様だ』


ルシールが、静かに告げた。


近づくにつれて、彼女の周りの空気が、はっきりと分かるほど、重く沈んでいるのが分かった。花々も、心なしか俯いているように見える。


『――来てくれたのね』


ティターニア様は、こちらに気づくと、力なく微笑んだ。その微笑みは美しかったけれど、どこか、罅割れた硝子のようだった。


「初めまして。リリアンナ=サバンズと申します」


わたしが一礼すると、マリー姉さまも、フィスも、それぞれ丁寧に礼を尽くす。


『ええ、知っているわ。シルフから、いいえ、ルシーね。いつも話を聞いているもの。みんなもよ』


ティターニア様はそう言って、ふっと目を伏せた。


『今日、来てくれた理由も、分かっている。……クリムのこと、よね』


その名前を、彼女自身の口から聞いた瞬間、空気が、さらに一段、重さを増した気がした。


「はい。……夢で、その名前を聞いたんです。マリー姉さまも」

『……そう』


短く応えて、ティターニア様は、ゆっくりと泉のほとりに座り込んだ。まるで、立っているのもやっとだというように。


『オベロン、来て』


彼女がそう呼ぶと、木々の奥から、静かな足音とともに、もう一つの人影が現れた。長身の、鋭い目つきをした男性。やはり虹色の髪と瞳でーーーオベロン様だと、直感で分かった。


『――ティターニア。もう、話すのか』


オベロン様の声には、隠しきれない、深い憂いが滲んでいた。


『ええ。もう、隠しておける段階じゃないもの。それに――』


ティターニア様は、わたしたちを見渡して、静かに続けた。


『あなたたちには、知る権利があると思うの。特に――』


その視線が、まっすぐに、わたしに向けられた。


『リリアンナ。あなたには』

「わたし……?」

『クリムの夢を見たのなら、もう、他人事じゃなくなっている。そうでしょう?』


その言葉に、心臓が、大きく跳ねた。


『これから話すことは、長い、長い後悔の話よ』


ティターニア様は、泉の水面を見つめながら、静かに、話し始めた。


『――もう、何百年も前のこと』


風が、ぴたりと止まった。


わたしたちは、固唾を呑んで、その先を待った。



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