88.精霊の国へ行こう!その1
翌朝、食堂に降りていくと、マリーアが少し寝不足気味の顔で私を待っていた。この顔は、もしや?
マリーアは私に気付くと、使用人を下げて、二人きりになる。
「リリー、おはよう。あの、実は――」
「マリー姉さま……もしかして、変な夢でも見た?」
私が先回りして言ったので、マリーアが驚いた顔をする。
「良く分かったわね?」
「だって、少し前のわたしみたいな顔だよ、きっと」
私が思い出しながら笑って言うと、マリーアはハッとする。
「そうだ、そうよ、そうだったわね。リリーは夢の内容は覚えてる?」
「うっすらなんだけど……」
「リリーが言っていた、クリム。昨日のわたしの夢にも出てきたの」
「!」
「……少し二人で整理しない?」
二人で顔を見合わせて、頷き合う。
「ティティ、ニア……これ、ティターニア様のことかな?」
「そうである可能性が高いわよね。わたしはきっと、創成期の聖女の目線で見ていたと思うの。クリムが、誤解をしてるって訴えていて……でも……」
「わたしは、聖女様らしい人は出てきてないかな……?俯瞰して二人を見ているような、ニア視点のような……それでね、昨日ルシーが来てね、クリムって知ってるか聞いたの。そしたら……魔王が魔王と呼ばれる前の、闇の精霊さんの名前なんだって」
少しの間。
「それって……」
「うん。ちゃんと、精霊の国にお邪魔して、確かめないとだよね。ルシーに頼んだから、近々連絡をくれると思う」
「そうね。愛し子のみんなにも話しておきたいし、一緒に行くのがいいわよね」
話は纏まり、ちょうど他の家族も起きて来たので、みんなで朝食を取り、いつものように登校した。
そして昼休み、ちょっと職権乱用をして、生徒会室にみんなに集まってもらった。
「聞いてほしいことがあるの」
私ががそう切り出すと、サーフィス、テンダー、イデアーレ、エレナ、そしてヒンターとマークスも、揃って顔を上げた。
「実は――」
昨日の夜の出来事と、今朝のマリー姉さまとの話をかいつまんで説明する。ルシーが動揺した「クリム」という名前のこと、マリー姉さまも同じ名前が出てくる夢を見たこと。そして、精霊の国に確かめに行くつもりであること。
部屋の空気が、しんと静まり返った。
「精霊の国、か」
ヒンターが、顎に手を当てて考え込む。
「行くのは、勇者であるフィスと、聖女のマリー姉さま、それにわたしたち愛し子の四人と思っていて。ヒンターとマークには、留守を頼みたいのだけれど」
「ああ、それがいいだろうな。俺たちは、こちらの警備と、引き続き情報を集める」
「任せてくれ」
ヒンターとマークスが、しっかりと頷く。頼りになる二人がいてくれるだけで、少し安心できた。
「あの……」
そこで、エレナが、遠慮がちに手を挙げた。
「わたくしも、ご一緒してよろしいのですか?」
「もちろんよ、エレナ。いろいろあって、あまり話せてなかったけど。ウンディーネ様のこと、よかった、で、いいのよね?」
マリーアが聖女の微笑みで応え、私は横でコクコクと頷く。
「え、ええ!もちろん。わたくしには荷が勝ちすぎているけれど。精一杯努めるわ。……デュオルの分まで」
その言葉に、みんなが、少し表情を引き締める。
「……その後、デュオル様とレン様はどうしてる?エレナ」
「何とか、ソーニャと話をしようとしているのだけれど、会えないって言っていたわ。話してから、今後を決めたいって、頑張ってる」
「そうなんだ。すごいね、二人とも」
「ふふっ、きっとリリーのお陰よ」
「わたし?何もできてないような……」
思い切り首を傾げると、みんなからやれやれ的な視線を送られた。なぜ。
「ともかく、ソーニャを見張ってはいるが、いつどうなるかもわからない。早めに動くのがいいだろうな」
サーフィスの言葉にみんなで頷くと、部屋にふわっと風が吹いて、ルシールが現れた。
『リリー、話は纏まったか?』
「ルシー!」
ルシールは今日も今日とて私をバックハグし、サーフィスにべりっと引き剥がされた。テンダーも立ち上がっている。ルシールは通常運転で「みな、息災でなにより」と楽しそうにしてから、表情を引き締めた。
『ティターニア様に取り次いだところ、かの方もお主らに会いたかったようでの。すぐにでもとの仰せだ。――どうする、早速、今から向かうか?』
「今から……?」
思わず顔を見合わせる一同。けれど、迷っている暇はなかった。
「行こう」
わたしがそう言うと、みんな、力強く頷いてくれた。
急いで担任教師に事情を伝え(もちろん、詳しいことは伏せて)、早退の許可をもらう。校門を出て、王城へと向かう馬車の中、みんな、どこか緊張した面持ちだった。
「――え、てゆーか!入り口、王城なの!?」
馬車に乗ってから思わず突っ込む私。みんなもそう思ったのだろう、それぞれ驚いた顔をしている。
「てっきり、どこか秘密の遺跡とか、そういう場所かと」
正しく灯台もと暗し。
『リリスたちがいるあの庭園だ。あの子らも安全だと言っておったろう?初代の勇者と聖女様が、しっかりと結界を張ってくださったのだ。おかげで、我らのような者が案内すれば、人の身でも安全に渡れる』
「あっ、言ってたね!学園も比較的安全とか……」
『聖女が後進を育てるためと造ったのがはじまりだからな。まあ、あの庭園のように道は繋がってはおらぬが』
「……俺、知らなかったんだけど」
『妖精たちを見られる者らが減ったからの。これもまた次代に繋ぐかはお主の判断さな。フィス』
珍しく四大精霊らしいルシールに、サーフィスも素直に頷く。
サーフィスが陛下に連絡をしておいてくれたので、私たちはあの美しい庭園に、すぐに通された。
『リリー!おひさしぶりなのなの!』
「リリス!元気だった?」
『うん!なの~』
相変わらず可愛い妖精さん。最近いろいろあったから、癒されるわあ。リリスはみんなの回りをぐるっと一周しながら挨拶をして、私の肩へと戻ってきた。
『リリー、おうさまたちに会うのよね?』
「うん」
『……クリムのこと、聞いてあげてね。こわいけどけど、こわくないの』
「え……」
『じゃあまたねっ』
聞き返す間もなく、リリスは消えてしまった。
(リリスも、知ってる……?)
気になるけど、ここまで来たら、まずは当人たちの話よね!
「行こうか、みんな!」
みんなが頷き、ルシールが手を掲げると、庭園の奥、普段は何もないはずの一角に、淡く光る扉のようなものが浮かび上がる。
(クリム……か)
その名前が、まだ、遠い水底のように、わたしの中に沈んだままだった。
けれど、もうすぐ。もうすぐ、その名前の意味に、辿り着く。
そんな予感が、静かに、けれど確かに、わたしの胸を満たしていた。
私は、光る扉に手をかけた。




